1988年生まれ。京都精華大学のマンガ学部アニメーションコースに入学。在学中に産学連携企画『STUDIO4℃×京都精華大』に参加すると、グランプリを獲得。卒業後、STUDIO4℃のアニメーターとして活躍する。その後、cretica universalに所属し、本作で監督デビューを果たす。これまでに『おおかみこどもの雨と雪』『かぐや姫の物語』『ハーモニー』他の作画や『海獣の子供』では作画監督助手を担当している。
忘れられない記憶の情景を初監督作品で再現
実力派若手女優の蒔田彩珠をはじめ、坂本真綾や入野自由、柴咲コウ、井浦新、神谷明など豪華な声優陣が顔を揃えることでも注目のアニメーション映画『神在月のこども』。本作では、大好きな母を亡くした12歳の少女が、ある使命と葛藤を胸に、神話の地「島根・出雲」を目指して走り出す姿が描かれている。
そんな話題作のアニメーション監督に大抜擢されたのは、アニメーターとして活躍している白井孝奈。『おおかみこどもの雨と雪』『かぐや姫の物語』の作画や『海獣の子供』の作画監督助手を担当するなど、将来が期待されている逸材だ。今回は、制作過程の苦労や喜び、そして初監督作品にかける思いについて語ってもらった。
監督:私が所属しているcretica universalは、以前から映画の広告業務を行っている会社ですが、ただ宣伝するのではなく、映画館や地域と作品をどうやってつなげていくかという取り組みもしてきました。そんな中で芽生えてきたのは、自分たちが生み出す作品でも同じようなことができないだろうかという思い。そこから始まり、私は代表の四戸(俊成)に声をかけてもらって、途中から参加することになりました。
監督:オリンピックや万国博覧会が日本で開催されることが決まったとき、国内外の方々に日本の文化に触れて欲しいと思うようになったからです。ただ、勉強をして知識を入れてもらうのはハードルが高い。そう考えたときに、アニメーションなら、より多くの方に広められるのではないかと考えたんです。そこで今回のような表現方法で、日本の神様というモチーフを題材にすることにしました。舞台を島根にした理由は、弊社の副代表で本作のプロデューサーでもある三島(鉄兵)の出身地ということもあり、思い入れがある場所を盛り込みたいという気持ちが大きかったと思います。
監督:実は、それはたまたまなんですが、島根は小学校の頃によく遊びに行っていた身近な場所でもあったので、後付けだとしても、自分の思いを乗せられるのはうれしかったですね。とはいえ、大きくなってからは自分のことで忙しくなってしまい、しばらく訪れていなかったので、同じ国なのにどこか気軽には行けない場所のように感じてしまっていたところも。そんな中、今回のロケハンで訪れたとき、思っていた以上にすぐ行けるところなんだなということに改めて気付かされました。
監督:私の祖母の実家が島根にありますが、かなり田舎の方だったので、実は松江と出雲には今回初めて行きました。その際、写真だけではわからなかった素晴らしさを肌で感じられたのは大きかったですね。「島根っていいところだと聞くけど、遠いよね」という声を聞くことがよくありますが、意外と行きやすいですし、本当に魅力的なところなので、それを多くの方に知っていただきたいなと。そのためにも、まずはこの作品で行ってみたい場所を探してみたり、バーチャルで味わったりしてもらえるといいなと思っています。
監督:それは、出雲大社の近くにある稲佐の浜ですね。私たちが行った日は神迎祭(かみむかえさい)だったんですが、よくあるにぎやかなお祭りを想像して行ったら、なんと提灯や照明は必要最低限。人のためではなく、本当に神様のための儀式なんだと驚きました。こういった日本の文化がいまでも続いているということは、自分の目で見なければわからないことだったと思います。映画の中でも実際に私たちが通った道を描いていますが、そんなふうに肌で感じたことを込めました。
アニメーターから監督へ。スタッフの一体感が生んだ傑作
監督:本当に、最初はわからないことだらけでしたね。でも、立ち止まってもいられない状況だったので、その都度周りの助けを借りながら進んでいきました。特に難しかったのは、自分が思いついたことをいかにきちんと周りに言葉で伝えられるか。そして、それをいかにその通りに絵で表現してもらうかということ。自分がアニメーターだったときとは、まったく違う取り組み方だったのですごく大変でした。ただ、そのおかげで仕事の面だけでなく、人間的な面でもいろんな経験を積ませていただくことができたと感じています。
監督:求められていることに応えるという仕事の仕方をするアニメーターに比べて、監督の場合は、自分のところに各セクションからいろんなものがたくさん集まってきますからね。そのあたりに苦労しました。
監督:小さい頃からディズニーのアニメーションが好きで、憧れていたのが始まりでした。もともと絵を描くのは好きだったんですが、大きな出会いは中学1年生のときに見たディズニーの『アトランティス/失われた帝国』という作品。それに衝撃を受けて、アニメーターを目指そうと決意しました。
監督:違う部署から上がってきたものをすべて見せていただけたり、いろんな方とコミュニケーションを取ったりできるのは、監督という立場ならではの特権だったと思います。あとは、みなさんが私の求めていることや意図を組んだうえで、思っていた以上のものを仕上げてくださると、全員で一緒に作っている感覚を味わえてうれしかったですね。
監督:直接会うことができない辛さは、どのお仕事をされている方も感じていたことではないでしょうか。ただ、今回は初めからいろんな会社やほかの地域にいる方に作業をお願いしていたこともあり、リモートで進めていくというのが前提にはありました。なので、意識していたのは、いかにデジタル越しに仲良くなれるか。ミーティングの前後に雑談を入れてみたりしながら、離れていても一体感を出せるようにしました。出社できない時期を経験したからこそ、改めて人と仕事できる喜びを感じることができたように思います。
監督:コロナの感染が拡大する前に、脚本も絵コンテも完成していたので、この状況が作品の内容に直接影響を与えた部分はありません。ただ、スタッフの間にある「みんなで一緒に前進していこう!」という気持ちはより強くなったかなと。そういう意味では、それぞれの思いが込められた作品になったと思います。
声優初挑戦の蒔田彩珠はじめスタッフ皆が神がかっていた!
監督:最初に蒔田さんの声を聞いて感じたことは、意志の固さや一本筋の通った強さ。カンナはいろんなことに立ち向かい、戦っていく女の子でもあるので、そういう蒔田さんの声はピッタリだと思ってお願いしました。
監督:そうですね。実写の作品で経験が豊富でしたし、演技においてはプロフェッショナルな方なので、きっとやってくださるという信頼感はありました。逆に、蒔田さんのほうが実写とアニメの違いに戸惑われることが多かったかもしれませんが、その都度しっかりと対応してくださったので、カンナは感情が乗ったいい声になったと思っています
監督:実在する生っぽさが欲しい人間の役には実写で活躍されている俳優さん、実際に見ることができない神様たちには説得力のある声を出せる声優さん、というふうに世界を住み分けたかったというのが理由です。もともとはプロデューサーによるアイディアでしたが、両方のリアルを表現できる方に、それぞれお願いしたいと思ってキャスティングしました。
監督:コロナ禍ということもあり、全員ひとりずつアフレコしたので、セッションすることはできませんでした。ただ、慣れていらっしゃる方が多かったので、みなさん長年の勘でわかってくださるんですよね。おかげで、とてもスムーズに進めることができました。
監督:アニメの神様がいるというよりも、「みなさんの技術が神がかっている!」とは常に感じていました。線画に色が乗り、美術が加わり、さらに特殊効果や音が入り……といった具合に、それぞれが合わさったときに生じる化学反応はすごかったですね。
監督として私の名前が最後にクレジットされていますが、あくまでもこれは役職の名前でしかありません。各セクションのプロフェッショナルなお仕事が積み重なって完成しているので、みなさんの“神技”がこの映画を作り上げてくださったのだと改めて感じています。
監督:この作品は神様や日本の風土をモチーフにした作品ではありますが、ひとりの少女が経験する冒険と成長を描いた物語でもあります。カンナが悩みと葛藤を乗り越えて行く過程は、年齢や性別に関係なく響くものがあるはずなので、いろんな方にご覧いただけるとうれしいです。
(text/photo:志村昌美)
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