Vincent Cassel
1966年11月23日生まれ、フランスのパリ出身。父は名優ジャン=ピエール・カッセルで、妹のセシルも女優として活躍中。ニューヨークのアクターズ・インスティテュートで演技を学び、91年にフィリップ・ド・ブロカ監督の「Les Clés du Paradis」でデビュー。95年、マチュー・カソヴィッツ監督作『憎しみ』で一躍、注目を集め、セザール賞の有望若手男優賞、最優秀男優賞に同時ノミネートされる。14年にはハリウッドに進出し、『オーシャンズ12』、続く『オーシャンズ13』に出演、08年、『ジャック・メスリーヌフランスで社会の敵No.1と呼ばれた男』で主役のメスリーヌ役を迫真に演じて東京国際映画祭の主演男優賞を受賞したほか、同年のセザール賞最優秀男優賞も獲得。主な出演作は『ドーベルマン』(97年)、『ブラック・スワン』(10年)、『美女と野獣』(14年)など。16年にはグザヴィエ・ドランの『たかが世界の終わり』やマイウェンの『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』などの深みのある演技が話題に。
160年間禁書とされていた、マチュー・G・ルイスによる暗黒文学の傑作「マンク」を実写映画化したゴシックスリラー『マンク〜破戒僧〜』。
本作で、全ての欲を絶って規律を重んじるも、魔性の女の誘惑で破戒僧となった主人公アンブロシオを演じたのが、『ブラック・スワン』での怪演も記憶に新しい個性派俳優ヴァンサン・カッセルだ。
そんな彼に、役へのアプローチの方法、ドミニク・モル監督の演出法から得た俳優としての新境地などについて語ってもらった。
カッセル:監督からオファーを受けたとき、既に2つの作品の出演が決まっていたので、すぐに返事できませんでした。しかし彼の作品は見ていたし、とても魅力的だと思っていました。そして、聖職者の役は演じたことがなかったので、これはやらなければと思ったのです。
カッセル:私はゴシック文学には疎いのですが、原作の小説がまとうオーラを感じたのです。多くの人がこの小説を若い頃に読み、忘れられないということを知りました。ブニュエルも興味を持っていたようです。
この映画の撮影中、私は『A Dangerous Method(原題)』でデヴィッド・クローネンバーグ監督とも仕事をしていたのですが、彼はこの作品について「あの小説は大好きなんだ! 映画化するなんて素晴らしい」と言っていました。私がクローネンバーグ監督の作品で演じていたフロイトの弟子のオットー・グロスは、この映画で演じたアンブロシオとは正反対のキャラクターで、彼のモットーは「何事も抑圧するな!」だったのです。
ですから、片方で情欲を戒める僧を、もう片方でコカインとセックスに依存する男を演じなくてはなりませんでした。興味深いのは、どちらも「自分を抑えることが出来るか?」という命題を孕(はら)んでいたことです。
カッセル:アンブロシオは絶えず、自分の身の周りに起きることを観察しています。彼は超常的な現象の、そして彼自身の運命の犠牲者なのです。私から見ると、映画の物語は彼自身から発せられるものではないようでした。しかし完成後、そうではないと気付きました。アンブロシオは若干ですが自らで行動しています。決断を下しているように見えないだけです。まるで何かの力に突き動かされているかのように。
アンブロシオは幸運に恵まれた人生を送っていません。両親の顔も知らず、僧に育てられ、40歳でセックスを知るのです……これではとてもバランスの取れた人間になれるとは思えません! 身振り手振りをせず、喋るときはささやき声。修道院という環境のなかで強要された柔らかさを持たなければいけない。あまりにも抑圧されていて、感情が爆発するのも当然のことのように感じられます。
カッセル:私はどんなヒーロー的なキャラクターよりも現実味を感じます。彼はとても人間らしい。初めて情欲を知ったその瞬間から、彼はそれまで自らに課していた宗教的な規律が、彼の人生を十分に満たすものではないと悟るのです。状況さえ違えば、もしかしたら彼はより穏やかに、その欲と共存していけたのかもしれません。
カッセル:アンブロシオを演じるのは簡単ではありませんでした。今まで演じてきた作品では、たとえ外国の言葉を喋っていたとしても演技に自由がありましたが、ドミニクとの仕事は自分が想像していたよりよほど困難でした。脚本はとても几帳面に書かれていて、彼は脚本に忠実でした。いかに複雑なセリフでもそのとおりに再現しようとしましたが、私はそれを拒みました。映画では、最後のコンマまで丸暗記してセリフを発することのメリットはとても少ないのです。書かれた言葉よりも、より自然に聞こえるように工夫するものです。
ドミニクは私に反対しました。もちろん私は態度を改め、セリフを正確に暗唱しました。ごく最小限の演技を求められたのです。私が試すことは考える余地もなく却下され、まるでテイクごとに太極拳でもやっているかのような気分でした。彼は私のリズムを抑え、本来の演技スタイルを封じました。
しかし、それで良かったのです。撮影が終わり、私は彼にこう言いました。「私はあなたから時間を引き延ばすことを学び、今まで知ることもなかった演技の領域を知った」と。これこそが彼の手法で、彼の過去の作品に出演しているローラン・リュカを例に挙げれば、それは見事な結果をもたらしています。私は、最初は心地が悪いと感じるスタイルでも受け入れるべきだということを学びました。
ドミニクの方法論はとても独特です。決してダーレン・アロノフスキーやヤン・クーネン、クローネンバーグらと比べるわけではありませんが、それは多くの場合、秀でた映画監督に見られる傾向でもあります。
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