1974年11月9日生まれ。神奈川県出身。00年に映画『五条霊戦記』で映画デビューを果たすと、『ハチミツとクローバー』(06年)、『それでもボクはやってない』(07年)、『重力ピエロ』(09年)、『アウトレイジ』(10年)など国内の話題作ばかりでなく、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』(06年)、ミシェル・ゴンドリー監督の『TOKYO! インテリア・デザイン』(08年)、『永遠の僕たち』(11年)など海外の名匠の作品にも意欲的に参加している。
ヤクザ社会の命懸けの下剋上を描いた『アウトレイジ』(10年)。同作の結末から5年後を描いた『アウトレイジ ビヨンド』は北野武監督にとって、初の続編映画。“全員悪人”のなかから勝ち上がり、トップの座に就いた加藤(三浦友和)が率いる山王会と大阪の花菱会の抗争を中心に、組織壊滅を狙う警察の思惑、刑期を終え、渦中に巻き込まれていく大友(ビートたけし)の姿を描く。
この映画で監督・主演をつとめた北野武/ビートたけしと、大友を裏切り、今や加藤の右腕となった石原を演じる加瀬亮に話を聞いた。
大規模公開を視野に入れた演出の変化、暴力というものについてなど、話題は多岐に渡り、荒れ狂う劇中の石原とはまるで別人のように穏やかな物腰の加瀬が熱心に北野の言葉に耳を傾ける姿が印象的だった。
北野:前回から生き残ってる加瀬亮くんとか小日向文世さんや中野英雄くん、三浦友和さんは『〜ビヨンド』に出演してくれる約束があって、今回は「出てもいいよ」って言ってくれた役者さんや、西田敏行さんみたいに「出してくれ」っていう役者さんに集まってもらった。
その役者さんたちの写真を相関図のように並べて構図を作ったのね。関西の花菱会会長には神山繁さん、傍に西田敏行さんと塩見三省さんを並べて、関東山王会は三浦さんと加瀬くんの下に古参幹部の中尾彬さんらを置いた。俺(大友)は刑務所で刺されたけど生きていて、刺した木村(中野)は今なにしてるか、と作っていったから偏ってないの。ひとつの画になってる。登場人物は多いけど均等に役割分担しあっていて、前作を見ていなくてもまま分かるようにセリフも出てくる。ストーリーにこだわったんで、話がいろいろ複雑に絡み合っても分かりやすいんだよね。
震災で撮影が1年間延期になった間に台本をしっかり作ったんだ。(高橋)克典くんみたいに主役をはれる役者が、ただの殺し屋では申し訳ないんだけど、ちょっと目立つシーンにしようと思ったね。
北野:今回の役者さんはみんなベテランでうまい人ばっかりだからね。役を作ってきてるんで、こちらの期待どおりの演技をしたときは、笑ってしまうよね。でも役者さんって自分の間というのを持ってるから、実はもうちょっと速いスピードでかけ合って欲しいシーンなんかでは「すいません、もうちょっと速く喋れませんか?」と、お願いしたかな。芝居を見ながら、常に編集のことも考えていたね。さっき横向いたけど、元に戻したから、あの部分を外そうとか。基本的には安心して撮れたよ。
北野:銃撃戦のシーンの場合、あまりにも暴力描写ばかりが話題になるので、逆の撮り方をした。因数分解みたいに、死体を囲っちゃったっていうかね。AというのがXYZを殺すとしたら、AX+AX+AZになるんだけど、XYZを括って、A(X+Y+Z)にしちゃう。Aが拳銃持って歩いてくるシーンがあって、次にXYZの死体だけ映る。途中で大括弧で殺し屋たちが撃って逃げて行くとこを撮って。それだけで全部Aがやったことになる。そういうカットの撮り方をやったりした。
これまでの自分の映画は、多くを説明しなくてもお客さんの想像力で成り立つ部分があって。長回しや引きの画のシーンでもポツンと立ってる役者さんの後ろ姿で、見てる人はいろんな感情が湧くはずだと思ってた。ただ、最近のテレビを見てると、お笑い番組にまでも吹き出しテロップが出てる。ヒドいのは“ワハハハ”って笑い声まで出てるよね。何が面白いのかなって思うよ。でも普段見てるテレビがこれほど丁寧にやんなきゃいけないってことになると、たまにしか見ない映画で、「後ろ姿だけで何か思え」っていっても無理か、という。それで今回はセリフを全部付けたの。ものすごいセリフの量が増えちゃって、カット割りが増えるから、長回しも減る。まるでジェットコースター・ムービーみたいにワーワーって勢いがある感じに仕上がった。だから、自分の映画としては新しい手法で、やったことないことをやってるって思ってた。
加瀬:このように一緒に取材を受け、初めて監督のいろんな思いを聞いています。現場ではとにかく演じて、監督の一言を聞いて、そのシーン、そのカットで何を必要としてるんだろうというのを、いつも探っている感じでしたので。テンポとか、役者がどうしても作ってしまうものをどう崩すのかとか、お話を聞いてて、今初めて分かりました。
北野:こういう内容だからすぐ“殺しちゃえ”になるんだけど、なるたけ発砲を少なくして、死体だけ見せたり、映像的な暴力シーンは減らしてる。あとは大阪弁と関東弁の罵り合いかな。言葉の罵り合いもひとつの暴力描写だなと思っていて、口喧嘩の暴力描写。暴力といっても、人間社会だからそういうふうに見えるだけで、これが全部シマウマだ、ライオンだ、キリンだっていうと、これほど素晴らしい自然描写はない。“全員悪人”じゃなくて、みんな自然で生きている。偉いって(笑)。
つまり、動物たちは生きるために必死で、邪魔なものを排除してまでも生き残ろうとするでしょ。人間の場合は社会において、ルール守らなきゃいけないのは、そうしないと殺し合いになっちゃうからだけであってさ。そのルールを時々破る奴が、まあ悪人といわれる人だよ。この作品はフィクションです、というと現実の世界とすごいかけ離れてるみたいに見えるけど、実際、どこの国のどこの会社でもある構図で、ましてヤクザと警察の関係なんて、大体こんなもんかもしれないよ。今のヤクザは会社にたかるし、国にもたかるし、構図としてはリアルだと思う。もしかしたらこの登場人物たちを会社員に当てはめてみると、意外に当たってたりしてね。クビ寸前の部長の前に新進のやり手の新しい課長がガンガン上がってきちゃって、いつの間にかナンバー2になったとき、「あいつ、ただヨイショがうまくて上がっただけじゃねえのか」とか。「我々は海外に回って体張って車売ってきたのに」みたいにね。
加瀬:今回は前作と違って、ずっと疑いの目で誰かを見てる感じじゃなくて、三浦さん演じる加藤会長に忠誠を誓ってると思うんですよね。忠誠を誓って自分の役割を必死に果たそうとしてるけれども、やっぱり若頭の器じゃないのか、思うようにいかない苛立ちと、監督が演じる大友が出てきてからの後ろめたさ、不安で自己崩壊していく。5年経って、こんなに変わってしまった理由については、そういうふうに考えていきました。
加瀬:石原というのは大友を裏切って金で上がって、今の地位を手にした。そうすると、自分のところの若い奴や、ほかの親分衆に対しても疑いを持つ。自分がどうやって生きてきたかがそのまま不安の材料になる。同じような奴が出てきたら、じゃあ今度は裏切られるのか、と。
加瀬:そうですね。前作のラストシーンを、あのプールの前で撮ったときに何か変な不安はありました(笑)。もう、既に。三浦さんと座っていて。嫌な予感といいますか。
北野:今回は古参の幹部が「あいつ、寄せ場(刑務所)も行ったことないし、背中に墨も入ってねえし、喧嘩も弱いし、ただ金で上りつめただけじゃないか」ってセリフがあるんだけど、石原も自分でよく知ってるんだよ。それをも背負っちゃってるから、ちょっとでも怖い顔して、なんかするとぶん殴ったりなんかして。虚勢を張って上がってきちゃって、常にそれに怯えてるところもある。
加瀬:自分が最初に劇場で見た監督の作品は『ソナチネ』なんですが、その視線や感触がすごく美しくてショックを受けたんです。起こってることは激しいのに、静なる世界というか。そのオリジナルな世界観が1番大きいのかなと、自分は思っています。現場にいても、監督が思い描いているイメージというのは本当に独特なので、やってみるまでは分からないんです。台本を読んで想像してるよりも、やっぱり現場のほうが遥かにこう、受け取れるものがあるので。もういつも現場に行って驚いてるという感じでした。
(text=冨永由紀 photo=居木陽子)
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