1943年3月15日生まれ。カナダのトロント出身。事件記者の父親、ピアニストの母親のもとで育つ。トロント大学在学中に文学の創作に取り組む一方、映画にも興味を抱き短編映画などを製作。『デビッド・クローネンバーグのシーバース』(75年)で商業映画監督としてデビュー。スティーヴン・キング原作のサスペンス映画『デッドゾーン』(83年)や古典SFをリメイクした『ザ・フライ』(86年)などで人気を博し、倒錯的な愛の物語『クラッシュ』(96年)でカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞。『イグジステンズ』(99年)ではベルリン国際映画祭芸術貢献賞を受賞した。その他の主な作品は『戦慄の絆』(88年)、『裸のランチ』(91年)、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05年)、『危険なメソッド』(11年)など。
リーマンショックが引き起こした金融パニックや反格差社会デモ、資本主義時代の終焉を予見したとも言われ話題を呼んだ小説を、鬼才デヴィッド・クローネンバーグ監督が映画化した『コズモポリス』。金融業界で大成功を収め、28歳にして巨万の富を手に入れた男が破滅へと転がり落ちていく様子を描いた作品だ。
現代アメリカ文学の巨匠ドン・デリーロの同名小説に触発されたクローネンバーグ監督がわずか6日間で脚本を執筆。「映画化は難しいと思っていた」というデリーロが驚くほどのイマジネーションあふれた映像に仕上がり、昨年のカンヌ国際映画祭で大反響を巻き起こした。
オリジナリティに満ちた斬新な世界観で人気を博すクローネンバーグ監督に、本作について話を聞いた。
監督:プロデューサーのパウロ・ブランコらにすすめられて読んだんだ。パウロは「私の息子は、あなたこそこの映画を作るべき人だと考えている」と言っていたよ。で、2日後に小説を読み終え、パウロに「いいよ。(映画製作に)参加する」と言ったんだ。僕は自分のプロジェクトを好むので、こういうことは滅多にないんだ。
それから6日間で脚本を仕上げた。これも前代未聞だ。最初の3日間で小説からすべてのセリフを抜き出した。何も変えたり加えたりしないでね。そして、次の3日間でセリフの間のギャップを埋めていった。つまり、物語の大半はリムジンのなかで進行するから「主人公はどこに座っているのか? 他の人間はどこにいるのか? ストリートでは何が起こっているのか? (主人公に投げつけられる)クリームパイ襲撃はどんな設定で起こるのか?」といったことを考えていった。
そうやって脚本を作ってパウロに送ったら、「ずいぶん早いな」って言われたよ。
監督:すばらしいセリフだよ。デリーロはそれが有名だが、「コズモポリス」のセリフは特に見事だった。セリフによる表現力が素晴らしいんだ。
彼の作品はいくつか読んだことがあって、とてもアメリカ的だけれど好きなんだ。僕はカナダ人だから、デリーロのアメリカ人的な部分には違いを感じる。アメリカ人やヨーロッパ人はカナダ人のことを「行儀がよくて、少しだけ洗練されたアメリカ人」のように考えているけれど、カナダ人はそれよりはるかに複雑だ。カナダには革命も奴隷制度も内戦なかったし、銃を持つのは警察と軍隊だけ。武装して暴力行為を行う民間人と接することもない。僕たちには深い連帯感があるし、全員に最低所得を提供する必要があると感じている。そういったことを、アメリカ人は社会主義的だと見なすんだ。デリーロの本とは何となく違うが、僕は彼のアメリカへのビジョンを理解できるし、彼はそれをわかりやすく語っているから共感できるんだ。
監督:問題ではなかった。小説は驚くほど予言的だからね。この映画を作っている間、小説で表現されていたことが起こった。ルパート・マードックが顔にパイを投げつけられたんだ。撮影後にはもちろん“ウォール街を占拠せよ”の抗議運動もあった。現代に即したものにするために、物語を変える必要はほとんどなかったんだ。唯一の違いは、円の代わりに人民元を使ったことくらいだ。彼には今起こっていることや、物事がどうなっていくのかということに対する驚くべき洞察力がある。だから、小説は予言的だが、映画はまさに今を描いているんだ。
監督:映画製作することになって、すぐに彼を思い浮かべた。彼の『トワイライト』シリーズは面白い。特定の枠にはまった感じは否めないけどね。それに『天才画家ダリ 愛と激情の青春』(08年)も『リメンバー・ミー』(10年)も見たし、彼なら主人公エリック・パッカー役をできると確信した。重い役だし、どのショットにも登場する。同じ俳優がフレームから決して外れない映画を、僕は作ったことがないと思う。俳優の選択は直感だ。それについてのルールも教本もない。
監督:そうだよ。俳優に即興で演技させ成功させる優れた監督もいるけれど、僕は違う見解だ。セリフを書くのは俳優の仕事じゃないと思っている。それに、最初にこの映画を作りたいと思った理由が、ドン・デリーロ自身によるセリフだったからね。それでも俳優には大きな自由があった。トーンもリズムも完全に彼らに任せていた。特にロバートにとっては面白い経験だった。彼のリムジンにはさまざまなキャラクターたちが現れ、まったく異なる俳優たちが演じていたからね。相手役をつとめる俳優によって彼の演技も違ってくるんだ。
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