『ジヌよさらば〜かむろば村へ〜』監督・脚本・出演・松尾スズキ&原作・いがらしみきおインタビュー

売れっ子の2人が語る、お金についてのリアルな見解

#いがらしみきお#松尾スズキ

“お金を一銭も使わないで生きていく”ことは現代のファンタジー(いがらし)

 笑いの中に独自の哲学を漂わせる「ぼのぼの」などの人気漫画家・いがらしみきおの原作を映画化した『ジヌよさらば 〜かむろば村へ〜』。大人計画を主宰する松尾スズキが監督、『恋の門』でも松尾と組んだ松田龍平が主演をつとめる。

現金に触るだけで失神してしまう“お金恐怖症”になった銀行マンの高見武晴=通称・タケはお金を一切使わない生活をするために山奥の寒村に移住する。そこでやたらと世話焼きな村長・与三郎をはじめ、個性的な村の人々に助られながら、なんとも心もとない生活を始めるが、さまざまな事件を巻き起こし、また巻き込まれていく。

タイトルにある“ジヌ”とは東北地方の方言で“銭”のこと。混迷するこの時代に一石を投じる、不思議でどこかあったかいエンターテイメント作品を世に送り出した松尾スズキ監督と原作者のいがらしみきお氏に話を聞いた。

──型破りな設定ですが、どのようなきっかけから生まれたのですか??

いがらし:編集者にファンタジーを描いて欲しいと言われてね、しかも限定された場所で起きるのがいいということで。どういうものにしようかと考えているうち、現代におけるファンタジーというと(SFよりも)むしろ“お金を一銭も使わないで生きていく”というほうがファンタジーになるんじゃないかと思ったわけです。

──周囲でお金に苦労された方がいらっしゃったというわけではないんですね。

いがらし:私自身、お金に困ったことがあるかと聞かれたら、もちろんあります。事務所の運営費にお金が消えて、収支が合わなかったことも。リアルな話ですみません(笑)。この作品の主人公のタケが見てきた人物たちのような、そんな気持ちになったこともあります。

松尾スズキ
──松尾監督はマンガ家を目指していた時期があったようですが、原作の印象はいかがですか?

松尾:マンガ家になりたくて、東京に出てきて2年ほどの間、漫画賞に応募したり、編集部に持ち込みしたりしてましたが、採用されなかったですね。そのうち腱鞘炎になってペンが持てなくって。

──初監督作の『恋の門』のようですね。

松尾:そうなんですよ。今回の原作を読ませていただいて、テーマも面白いし、キャラクターも1人1人のエピソードがまた面白くて。頬の両方に傷がある勝男とか、みよんつぁんもあったかい話があって。とくに、やっぱりタケと与三郎のコンビがいいですね。ツッコミとボケが入れ替わっていく感じとか。

いがらし:ある意味、バディムービーになっていますよね。この2人の周辺でいろんな人がうごめいて、いろんなトラブルが起こっていく。

松尾:この人間関係が面白い。あと、“笑い”ですね。独特の“間”がありますよね。

松尾さんの作品にはなにげない笑いがスッと出てくる(いがらし)
撮影中の様子。阿部サダヲ(左)と松尾スズキ監督(右)

──作品にはオフビートな“間”がありますが、監督が計算して作り出されたのでしょうか? 俳優のコラボレーションによって生み出されたものなのでしょうか?。

松尾:この“間”は、原作漫画の中にある“間”ですね。いがらしさんの漫画には、何か起きて1コマはさんでからオチに行く、空白の時間がありますよね。このいがらしさん流の笑いを参考にしながらやってました。

いがらし:松尾さんと感覚が似ていると思います。与三郎と多治見が手を繋いでしまうシーンのあの“間”、「松尾さんだな〜!」と思いました。マンガと実写は違うから、通常ならコンマ3秒ほど違うだけで、まったく違うものになってしまうものなのに、この“間”は監督の腕によるものですね。

松尾:あのシーンは、試写でも結構ウケてるんですよ(笑)。笑いと暴力は僕の作品には常に出てくるものですね。子どもの頃から笑いに興味があって、筒井康隆や赤塚不二夫や山上たつひこ、それこそいがらしさんの作品を読んでました。とくに笑いは重要ですね。

いがらし:松尾さんの作品はときどきなにげない笑いがスッと出てくる。「さぁ、笑わせるぞ!」っていうわかりやすい笑いじゃないと観客はなかなか笑ってくれないものですけど。ツッコミがないとわからなくて、このツッコミはテレビの文化だと思いますけど、みんなテレビに馴らされちゃって。ツッコミがないと笑うところなのかどうなのか戸惑ってしまうんですよ。

お金はないと困るもので、人を幸せにする1つのツール(松尾)
いがらしみきお

──テーマである“お金”についてお聞きしたいと思いますが、まず、宝くじを買われたことはありますか?

いがらし:ないです。

松尾:私は、あります。外れました(笑)。

──今まで購入したもので、家や車以外で高額なものってなんですか?

いがらし:うーん、なんだろう。1つだけの機材じゃないけど、ホームシアターですかね。全部入れると100万円以上かかりました。あと、パソコンね。昔からの累計だと1000万円じゃ、きかないんじゃないかな。

松尾:僕もホームシアターだなぁ。総額150万円ぐらいになって、スゴイなと思いましたね。

──お金はあればあるほどいいと思いますか?

松尾:お金を持ちすぎて困るってことはないですね、少なくとも私は(笑)。税金をよくわかっていない間にたくさん取られてしまってる。賢くないですね、節税しないと。

いがらし:お金があれば無駄な苦労をしなくていいと思います。たとえば、親が認知症になれば、お金で治るものではないけど、いい病院に入れてあげることはできる。解決しないけど、気持ちの9割ぐらいは満足できるんじゃないでしょうか。苦労というのは、思い込みからくる勘違いから生まれる感情だと思うからです。

──タケはお金で苦労する人たちを見て、お金恐怖症になりますが、お二人にとって“お金”とはなんでしょうか?
松尾スズキ監督(左)といがらしみきお(右)

松尾:ないと困るもの、ですね。人を幸せにする1つのツールでもあるし。でも、お金をたくさん持っているからと言って、その人が幸せかどうかとは別の話。お金は人を不幸にもしますからね。

いがらし:人間の世界の苦労や悩み事は90%はお金に関することで、お金さえあれば解決することなんじゃないですかね。残りの10%は死ぬことや病気だとか、誰も愛してくれないとか、お金でなんとかなるものじゃない。生き物として当然の苦労で、誰も逃れられないことです。逆に言うと、大半はお金さえあればしなくてもいい苦労なんだと思います。

──今は格差社会となって、これからの見通しも決して明るくないわけですが、そんなお金に苦労する世の中を生きる人たちにメッセージをいただけますか?

いがらし:最近はなんだか、言葉をいただきたいとよく言われます(笑)。預言者なわけではないんですけどね。ただ、“苦労”というものは相対的なものであって、本当は実態のないものだと思うんです。人は何か壁にぶつかると、悩まなきゃいけないんじゃないかと思ってしまう。自分が普通じゃない立場になると人は悩まなきゃいけないってイメージが頭の中にできてしまう。周りの人に慰めてほしいと思うものなんです。周囲の人は問題を根本から解決することはできないけど、優しい言葉をかけてあげればいい。そして、私なんかは漫画を描くわけですよ。一言で解決するものではないから、ああでもないこうでもないって、松尾さんがお芝居作ったり、私が漫画を描いたりするんです。

(text:入江奈々 photo:持木大助)

いがらしみきお
いがらしみきお

1955年生まれ、宮城県出身。79年、漫画家デビューを果たす。「ネ暗トピア」「さばおり劇場」などの過激なギャグで支持を得て、1983年「あんたが悪いっ」で第12回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。86年から連載開始された「ぼのぼの」はベストセラーとなり、講談社漫画賞を受賞している。その後も「忍ペンまん丸」「Sink」「I(アイ)」など作品を発表している。

松尾スズキ
松尾スズキ
まつお・すずき

1962年生まれ、福岡県出身。1988年、舞台「絶妙な関係」で大人計画を旗揚げし、主宰として数多くの作品の作・演出を務める。1997年、「ファンキー!〜宇宙は見える所までしかない〜」で第41回岸田國士戯曲賞受賞。2004年に『恋の門』で映画監督デビュー。映画は『female 夜の舌先』(05年)、『ユメ十夜 第六夜』(07年)、原作小説も手がけた『クワイエットルームにようこそ』(07年)の監督・脚本、『ジヌよさらば〜かむろば村へ〜』(15年)では監督・脚本・出演。2008年、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』で第31回日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。12月からは、芸術監督に就任するBunkamuraシアターコクーン他でミュージカル「キレイ–神様と待ち合わせした女–」が再々々演。

松尾スズキ
ジヌよさらば〜かむろば村へ〜
4月4日より公開
[監督・脚本・出演]松尾スズキ
[原作]いがらしみきお
[出演]松田龍平、阿部サダヲ、松たか子、二階堂ふみ、西田敏行
[DATA]2015年/日本/121分/キノフィルムズ

(C) 2015 いがらしみきお・小学館/『ジヌよさらば〜かむろば村へ〜』製作委員会