1970年9月12日生まれ、韓国のソウル市出身。大学では日本語・日本文学を専攻し、映画『イルマーレ』(00年)の助監督を務めた。東方神起の「HUG」などPVを数多く手がけた後、『愛なんていらない』(06年)で映画監督デビュー。
日中の大都会から突然拉致され、精神病院に監禁された女性。わけも分からないまま強制的に薬物を投与され暴力を振るわれる彼女は、さらに殺人事件の容疑者として収監されることに……。一体なぜ?
2016年に韓国で起きた信じられないような事件をモチーフにした社会派サスペンス『消された女』。1月20日より日本公開される本作についてイ・チョルハ監督に聞いた。
監督:この映画の脚本を読んだ時、21世紀の現代において人権を無視した拉致監禁事件が発生しているという事実に驚愕しました。しかしその衝撃が大きかったからこそ、この主題に向き合う事ができたのです。これだけ発展した世の中で、こういった事件が発生するという事実に多くの人が問題意識を持つべきだと思いました。
この精神保健法第24条を悪用した拉致監禁事件は、一時期TVドラマでも流行りました。しかし現実ではまだ同様の事件が横行していたのです。映画制作をしている間もこういった事件がいまだに起きている事に懐疑的な人もいました。こういった事件は一般的ではなく、突如として起こる悲劇のような事としか捉えられなかったのです。
2015年、本作の予告編がきっかけになり、ある有名なニュース番組で「人権に関する特集」が組まれました。番組内で実際にある病院に連絡し、特定の人物を入院させたいと依頼した所、驚くべき事に本当に病院がその人物を迎えに来て入院させようとしたのです。韓国内の人権に対する意識とはこんなにも低いのです。この番組をきっかけに、その後も多くのニュース番組が人権に関する特集を組み、本作の映像を提供もしました。
低予算映画としてスタートしたので、宣伝も大変な点が多くありました。そんな中、多くのニュース番組で取り上げられた事は追い風になり、興行としても成功を納めました。韓国内では2017年4月に公開され、9月に裁判所から精神保健法第24条に関して「精神疾患患者の強制入院は、本人の同意なければ憲法違反である」との判決が下されました。
この法律を変える為には、多くの人の働きかけがありました。知識人への聞き取りや、国会議員への働きかけなど、それは多くの人による多くのプロセスがあったのです。その中で僕自身も本作の監督として、国会に行ったり、証言をしたりする事がありました。僕は映画監督であってそんなに力のある人間ではありません。でも本作を通して、こういった事に携わる事ができて誇らしい気持ちになりました。
映画や芸術、文化というものは、人々の意識に働きかける事ができます。だからこういった何かのきっかけを作るといった意味では、とても有効でもあるのです。本作がそういった意味で法律を変えるきっかけになった部分があったとしたら、これほどまでに嬉しい事はありません。
監督:カン・イェウォンさんは、ヒット作も多いベテランの正統派女優ですから、何か演出的な事を言うというよりは、役に集中し入り込ませるという事に僕自身は注力しました。そして撮影の1ヵ月前から話し合いを重ねて、役に向き合っていってもらいました。なので現場での細かい演出はありませんでした。
ひとつだけあるとすれば、元々の脚本は会話劇としての要素が強く、説明的な部分はかなりあったのですが、それはかなり削りました。むしろ感情を身体、表情で表現してほしいと思いましたし、そうした事で、演技に集中してもらえる事ができたと思っています。
監督:最初の脚本では主人公が拉致されてどこだかわからない田舎に連行されるという設定で、ナ・ナスムの人物設定ももっとワイルドで、正義感に燃えるキャラクターでした。しかし実際に起きている事件は私たちが暮らす都会で発生しているというのと、イ・サンユンさんのイメージもあり、舞台を田舎から都会に変更しました。
その時点でクランクインまで1ヵ月しかありませんでしたし、サンユンさん自身も映画は初めてという事もあり、オファーした時は少し悩んでいました。でも元々兄弟のように親しい間柄で信頼関係もあったので、「僕を信じてついて来て!」と言いました。なぜ都会に設定を変更したのか、ナ・ナスムがどういった人物像かといった説明をし、出演してもらえる事になりました。ちなみにサンユンさん自身は本当にいい方で、「少しは悪い人になった方がいいよ」というくらい、優しくて信頼できる人物です。
監督:低予算にも関わらず、都会に設定変更した事で多くの困難が発生しました。大量のエキストラも必要でしたし、カン・イェウォンさんが街中で拉致されるシーンの隠し撮りでは、通行人がとても驚いていました(笑)。準備期間が少なかったこともあり、都会の街中での撮影は大変でした。
個人的には、セクシャルなシーンや、誘惑して仕掛けていくようなシーンの撮影が大変でした。撮影日数が限られていて、時間的余裕を持って取り組めなかった部分もありました。もっと時間があればと思う事もあり、そこは皆に対して申し訳なく思っています。
監督:同じような質問をよく受けます。はじめの脚本とは、人権に対する問題を追わせる人物の設定をかえました。もしかすると、見方によっては全てが「嘘」「狂言」とも思えるわけです。そこに観客はある種の裏切りを感じもするでしょう。だからクライマックスのシーンはスピーディーな編集を心掛けました。
また、僕はもっと観客の想像力をかきたてるようにしたかったので、はじめの脚本にあったそういったシーンは削りました。例えば、ノックの音が聞こえて誰が来たのだろうと、観客自身が想像するような形にしたかったのです。
SNSには「最後の人はだれだ?」という質問が多くあがりましたが、観客の想像力に任せたかったので僕は答えませんでした(笑)。
監督:僕自身、子どももいて家族がいます。常に社会に対して問題提起をするような意味のある作品を作りたいと思っています。韓国ではハーフの場合、差別を受けることが多くあります。そういった社会的弱者にフォーカスを当てたのが、前作『ハロー?! オーケストラ』でした。僕は刺激的な作品より社会的弱者についてフォーカスを当て、その問題について考えられるような作品を作りたいと思っています。日本の観客の皆様にもそういった所に注目してほしいです。
最近は皆、スマホに夢中ですが、もっと周りを見渡して、他人を思いやって、なにかあった時には励まし合えるような気持ちを持ってほしいです。
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