1963年10月7日生まれ、ベイルート出身。レバノン内戦状況下で少年期を過ごし、20歳の時にアメリカへ留学しサンディエゴ州立大学で映画学位を取得。卒業後、ロサンゼルスでクエンティン・タランティーノ監督のカメラアシスタントとして『レザボア・ドッグス』(91年)や『パルプ・フィクション』(94年)などの作品に参加。『西ベイルート』(98年)で⻑編デビュー。続く『Lila Says(英題)』(04年・未)はスペインのヒホン映画祭で男優賞・脚本賞などを受賞。『The Attack(原題)』(12年・未)はイスラエル人俳優を起用しイスラエルで撮影を行ったため政府によりレバノン国内での上映が禁止されたが、世界各国で高い評価を受ける。本作『判決、ふたつの希望』では第74回ベネチア国際映画祭で主演のひとりカメル・エル=バシャが最優秀男優賞を受賞し、レバノン史上初となるアカデミー賞外国語映画賞ノミネートを果たした。
ある些細な諍(いさか)いが裁判にまで発展。さらにメディアの過熱報道により国家を揺るがすほどの騒動へと拡大していく……。
どの国でも起こりえるできごとを描いた『判決、ふたつの希望』は、ジアド・ドゥエイリ監督自身の体験をもとにした作品で、アカデミー賞外国語映画賞にレバノン映画史上初めてノミネートされたことでも話題となった。
かのクエンティン・タランティーノ監督のアシスタント・カメラマンでもあったというドゥエイリ監督。レバノンで爆発的大ヒットを記録したという本作について、映画に込めた思い、民族や宗教対立など社会的な問題についても語ってもらった。
監督:ベイルートに住んでいた数年前、映画の冒頭と同じようなことが起こったのがきっかけです。その場では口喧嘩になりましたが、すぐに謝りに行ったことで解決しました。その時、実は映画と同じようにチョコレートを持参したんです。そこからストーリーが生まれました。
監督:「どのように諍いが解決されたのか?」ということに対して、多くの映画を参考にしました。例えば、スタンリー・クレイマー監督の『ニュールンベルグ裁判』(61年)やシドニー・ルメット監督の『評決』(82年)。『評決』でジェームズ・メイスンが演じた弁護士からは、たくさんのインスピレーションを得ています。
ほかにも『十二人の怒れる男』(57年)、『或る殺人』(59年)、『クレイマー、クレイマー』(79年)、『秋菊の物語』(92年)そして(ジョニー・デップが声優をつとめたアニメーション)『ランゴ』(11年)。みんなからは「なぜ『ランゴ』なんだ!?」と言われますけれど(笑)。
監督:すぐに解決してしまったら映画になりませんからね。「どうしてそんなことになってしまうのか?」という疑問や、その裏にある動機を掘り下げてゆくことが、この物語では重要でした。
監督:その通りです。もちろん、この映画に社会的な側面を感じる観客もいると思います。それは自然と感じる部分で、本来は“個”と“個”の非常にシンプルな諍いであることを、社会というものが勝手に大きくしてしまっているからです。例えば映画を作る時というのは、政治を通してではなく政治家を通して、医療ではなく医者を通して描くことでテーマがより大きくなる。そうすることで深遠な良い作品になるものです。今回の場合は、ふたりの人間が対立する姿を描く中で、どのようなことを信じ、どのような過程で嫌悪を抱くようになるのかを少しずつ明かしてゆくという構成にしました。
監督:(キリスト教徒のレバノン人男性トニーを演じた)アデル・カラムはレバノンの大スターですが、撮影を予定していた地域の出身だったんです。街のことを良く知っていることは、作品に何か野生的なものを与えてくれるはずだと思ってキャスティングしました。一方の(パレスチナ人の現場監督ヤーセルを演じた)カメル・エル=バシャは舞台俳優で、映画での大役の演技経験がありませんでした。映画と舞台の演技は異なります。リスクがあることは自覚していましたが、実際、撮影が始まると本当に大変で苦労しました。例えば、彼が怒りを露わにする場面では、本当に怒っている姿を撮影しているんです。あえて侮辱するような言葉をかけて、彼がフラストレーションをぶちまける瞬間を内緒で撮影しました。だから、とてもリアルなんです(笑)。とはいうものの「これでは作品が成立しないのでは」と自分の演出に対して落込んでいました。ところが“映画の魔法”にかかったのか、カメルはべネチア国際映画祭で男優賞を獲ったんです。
監督:私は“母がフェミニスト”という家庭で育ったのですが、母は社交的、父は内向的なところがありました。私の映画に、社交的なキャラクターと内向的なキャラクターが必ず登場するのはそのためです。今回の場合は、レバノン人の方が社交的でパレスチナ人の方が内向的なキャラクターになっています。共同脚本のジョエル・トゥーマと考えたことですが、頑固者である男性ふたりのバランスをとるような存在として妻を配置しました。だから彼女たちは美しくて聡明なんです。それから、判事をあえて女性にしています。中東では社会の中で女性がまだまだ抑圧されていますが、「そんなこと知るか!」というのが私の立場で、女性の判事が誰よりも賢く、客観性を持ってふたりの仲裁にあたるのだと決めました。
監督:社会的なことや政治的なことは一切考えずに、ドラマとして模索した結末です。脚本が書き上がってからも悩み続け、決めるまでに時間がかかりました。結果的に判決の有罪・無罪ではなくて、自分が求めていたものを得たか否かが物語の着地点だと考えました。逆にいえば、判決は関係なくなるというわけなんです。
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