1966年生まれ、宮崎県出身。1983年、全国オーディションで受かった『ションベンライダー』でデビュー。映画を中心に活動を続け、1989年に『ミステリー・トレイン』に主演。『息子』(91年)で日本アカデミー賞、ブルーリボン賞など助演男優賞を受賞。巨匠から新人監督の作品まで、演じる役の大きさにこだわらず幅広く出演、台湾映画『KANO 1931 海の向こうの甲子園』(14年)やジム・ジャームッシュ監督と再び組んだ『パターソン』(16年)、韓国映画『蝶の眠り』(18年)など海外でも活躍。昨年はジュリエット・ビノシュ主演の『Vision』、『パンク侍、斬られて候』などに出演。今年の12月に『カツベン!(仮)』が公開予定。
雪深い小さな町で、ある日突然小さな男の子が姿を消した。30年経ち、自分のせいで弟を見失ったという罪悪感に苦しみ続ける一希と、当時少年誘拐の犯人と疑われた女の娘・早百合。被害者の兄と容疑者の娘、それぞれが抱く“記憶”というものの曖昧さを鍵に、人間の儚さ、残酷さに迫る『赤い雪 RedSnow』。これが長編映画第1作となる甲斐さやか監督に惚れ込み、主演を務めた永瀬正敏、壮絶な人生を強いられた早百合を熱演した菜葉菜に話を聞いた。
永瀬:すごい脚本だと思いました。そこに身を置かせてもらえるんだったら、身を置きたいなと思える脚本だったんです。
菜葉菜:私も「こんなの読んだことない」というぐらいの衝撃と重厚感を感じました。あとは甲斐さやか監督ってどんな人なの?って。頭の中をのぞきたくなるような、私もそこに身を置きたいと思いましたし、こういう作品に出たいと思う内容だったので、びっくりしました。
永瀬:そうです。基本はそうだと思います。
永瀬:僕の印象は、役者の方々がそれぞれものすごくきっちり考えて作っていらっしゃったというものです。脚本から僕が想像していたよりも、はるかに良くて。皆さんやっぱり素晴らしいと思いました。僕に関しては、本当に監督に興味があったんです。お話を聞いてるうちに、これはがっつり監督に染めてほしいと思ったので、あんま考えないようにしたんですよね、現場で菜葉菜さんはじめ、共演者の皆さんとやりながら、監督に作ってもらったほうがいいかなっていうふうに思っていました。
菜葉菜:早百合の背景や生い立ちとか、監督といろいろ話し合いました。虐待を受けてきて育った人たちについての資料を読んだり、自分で調べてみたり、ちょっとずつ監督と共有して、早百合を深めて作っていった感じはあります。
永瀬:舞踏とか……。
菜葉菜:そうでした。永瀬さん、ありがとうございます。
永瀬:いえいえ。
菜葉菜:監督に「菜葉菜さんに足りないものがあると思う。それを身に付けたら、きっとすごくいいお芝居になると思うし、やってほしい」と言われたのが舞踏だったんです。何ヵ月間か習いました。
永瀬:踊るシーンはないのにね。
菜葉菜:そう。踊るシーンはないんですけど。でも、舞踏って、例えば「じゃあ石になって」とか「燃えてみて」と言われて、それを自分で生み出すものなんです。心と体がつま先から頭の先までつながっている。だからきっとお芝居でも、心と体が一連になって自然に動ける、心と体が直結してる感じを無限に表現できるようにというか、芝居に通じると思うこともすごくたくさんあったので。見せることも考えつつ、何者でもないみたいな。自分で気持ちよくなり過ぎても駄目だし、それを見てる人のことも考えつつ。すごく難しかったんですけど、すごく発見になりました。
永瀬:技術的なことよりは、気持ち的なことを話される方だったと思います。共演者の皆さんで立ち話を普通にしながら、そのシーンのことについて話してらっしゃった印象がすごくあります。改めて「打ち合わせしましょう」ではなくて、リハーサルしながらということでもなくて、時間を見つけて話をされてる印象があります。菜葉菜さんは前々からディープに話されてるとは思うんですけど、僕はそんな印象がすごくあります。
菜葉菜:クランクイン前に監督とお話しして、自分の中では「甲斐さんと一心同体で撮影に臨むぞ」みたいな気持ちでしたが、撮影が始まると、なぜか自分の中で孤独感みたいなものを勝手に感じて。「甲斐さん信じられない」みたいな気持ちになったときがあって。インして2〜3日だったと思うんですけど、それでお話しました。全て解消されたわけではないんですけど、ちょっとほっとできた部分もあって。でも、やっぱり撮影始まると……。役のせいもあったのかもしれないです。スタッフさん、監督、みんなを「敵」までいかないけど、何か信じられないようになっていた時期が最初にありました。終わってみると、勝手に自分でもがいて、ひねくれて、勝手にすさんで、それをスタッフさん、監督、共演者の方々みんなに支えられていたんだとわかって。そんな自分が本当に未熟だなと思いました。
永瀬:いやいや。演者としては、その気持ちがすごく分かるので、僕はそこは味方でいようと現場では思っていました。ちょっとふざけたりとかして。しょせん演者はカメラの前に立つと、お付きの人を何百人も連れていたとしても孤独です。カメラの前に立てば1人だから、その気持ちは、役者チームはすごくよく分かるので。ただ、頭の中で考えた芝居でやれる役ではないから、敢えて追い込んでいったところもあるかもしれないです。尋常な精神状態で、あの役はできないから。
僕の経験上、こういう時期を過ごすのは大事なんだけど、出来上がりを見ると残念な場合があるんです。ちょっと心に余裕があると、いろいろ見えて、「こっち行ってもいいんだ」と分かると、結構楽になったりする。それも後々気付くんだけど、僕も。なので、みんな演者は仲間だから、ちょっとでも笑顔が見たいときは、ふざけていたりとかして。邪魔しちゃったと思いますけど。
菜葉菜:全然! 全然、邪魔じゃないです。
永瀬:僕、さっきまで「あのシーンは120%のお芝居だ」と言ってたんですけど、260%くらいのお芝居だったと思います。菜葉菜さんのお芝居は凄まじかったと思います。
菜葉菜:台本を読んだ時、作品にとっても大事なシーンだと思っていました。雪の中の撮影だから、一発本番でやらないといけない緊張感もあって。でも、もう覚悟を決めて、ここは全力でやるしかないと思って。永瀬さんはきっと受け止めてくださるっていう安心感もあったので、もう思いっきりいこうと。
永瀬:ある時ももちろんあるし、ない時もあります。自分にない感情だから、あえてチャレンジする面白さもあるし、逆に自分の中にある襞の1個を、ここを膨らまそう、ということもあります。監督さんのアプローチの仕方でも随分変わってきますから。
菜葉菜:早百合には共感がなかなかできない。それは難しいことではあったんですけど。
永瀬:共感できないから、演じてみたいと思うんですよね。
菜葉菜:思いました。だからこそ演じてみたいというのはありました。演じていくうちに、「早百合のその気持ち分かるよ」という部分も生まれてきたりとかもして。
永瀬:変わったというか……。たぶん、どなたにでもあるんじゃないかな。幼少期の記憶を良き方にも、逆に悪き方にも塗り替えて勝手に思い込んでいて、それを大人になってから話すと、「いやいや、全然そんなことない」と言われて解決したり。それは皆さんにあるんじゃないかと思います。
菜葉菜:みんな日々生きていく中で、嫌な記憶を捨てて前に進んでいくんだけど。真実って結局わからないけど、記憶ってそういうものだと思います。人によってどんな形にでもなってて、ちょっと怖いと思う部分もある。この作品で、そんなことをふと考えたりもしました。
(text:冨永由紀/photo:中村好伸)
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