1967年5月30日生まれ、神奈川県出身。東京造形大学に入学後、自主映画を撮り始め、1993年に『裸足のピクニック』で劇場監督デビューをはたす。その後、『ウォーターボーイズ』(01年)が大ヒットを記録し、第25回日本アカデミー賞では優秀脚本賞、優秀監督賞にノミネート。さらに、2004年には『スウィングガールズ』で第28回日本アカデミー賞の最優秀脚本賞・最優秀音楽賞・最優秀録音賞・最優秀編集賞・話題賞等の5部門を受賞する。そのほか、主な監督作は『ハッピーフライト』(08年)や『サバイバルファミリー』(17年)など。本作は長編10作目となる。
『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』といったヒット作を数々と生み出し、旬の俳優たちを世に送り出すことでも定評のある矢口史靖監督。この夏はオリジナル作品で新たなジャンルへと挑戦した。その作品とは、三吉彩花をヒロインに迎えたコメディ・ミュージカル『ダンスウィズミー』。
「音楽を聞くと歌って踊り出してしまう」という催眠術をかけられた主人公が繰り広げる予想外の展開に、思わず誰もが笑ってしまう話題作だ。邦画では珍しいミュージカル作品の誕生となったが、斬新なアプローチ方法の裏側や長年抱いていた思いについて語ってもらった。
監督:実は、以前『スウィングガールズ』のなかでミュージカルシーンを書いたことがありましたが、そのときは「片手間にやらないほうがいい」と止められてしまいました。それから16年。いつかミュージカルを撮りたいと思い続けてきました。そのなかで、「もし自分が日本でミュージカルを作るんだったらこんなことをしてみたい」と考えていたことが、今回それがほぼ実現したので、やり切った感じはあります。あとはそれがみなさんに伝わるかどうかですね。
監督:今回は意外と止められませんでした。おそらくそれは、『ラ・ラ・ランド』あたりからミュージカル映画も大ヒットする可能性がある、と風向きが変わったからだと思います。なので、プロダクション側に不安はなかったかもしれないですが、僕だけはドキドキしていました(笑)。
監督:それは完成してからです。ミュージカル映画についてノウハウを聞ける人がいなかったので、作るときは手探りでした。出来上がったときも自分たちがちゃんとおもしろがれるかどうかでしか、判断できませんでした。それもあって、本当の結果は公開日以降に出ると思っています。
監督:今回の設定がいつどうやって生まれたかは、自分でも覚えていないんですが、僕自身もミュージカル映画に対しては、そういった疑問をつねに抱いていました。小さい頃からミュージカル映画をずっと見てきましたが、そんな風に引っかかる瞬間もあるので、好きになったり、嫌いになったりを繰り返していたんです。
監督:確かに、いままではずっとそうでした。なので、「そこに引っかかっちゃう人は見ないで結構」で通してきましたし、好きで見続けてくれる人にとっては暗黙の了解でそのまま突っ走ってきちゃったんです。もちろん、そのヘンテコさがミュージカルの面白さだとは思いますが、日常生活で本当に歌い出したらおかしいですし、それはもう不審者ですよね。場合によってはお巡りさんに捕まりますから(笑)。でも、ミュージカルではそこを無視してきた歴史があったので、僕はいっそのこと鉄則を破ってみようと思うようになりました。
監督:「踊っている人に突っ込みを入れたら、それはミュージカルじゃない」と言われるかもしれないですが、それこそ僕がやってみたかったこと。明日から(注:取材時)ニューヨークに行って上映するんですが、会場がブロードウェイの本場の近くなので、怒られないようには気を付けたいと思っています(笑)。
でも、本心を言うと、僕はミュージカルが大好きなんです。文句を言いながらいつまでも付きまとう変なストーカーが愛の告白をしたのに、つい過激な手段を取ってしまった、そんな感じですね(笑)。だからこそ、この歪んだ愛をニューヨークでちゃんと受け止めてもらえるかはとても楽しみです。
監督:僕は、人が生活しているエリアや街中で急に歌い出すシーンが一番好きです。「本当はしてはいけないところでする」というのがいいんですよね。なので、この作品でも、会社のオフィスとか道路とか、絶対にしてはいけないところでやらかすようなシーンは多く入れました。それにしても、ミュージカルの人たちはどうしていままで誰も捕まらなかったのか不思議ですが、この映画ではちゃんと捕まります!
監督:特にこのミュージカル映画が大好きというのはないですが、見え方の転機になったのは、『ウエスト・サイド物語』。それまでのミュージカルというのは、だいたいスタジオの中のきらびやかなセットを背景に、きれいな衣装を着た美男美女が踊ったり歌ったりしていたものでした。
にもかかわらず、この作品では、汚い路地裏でジーンズとTシャツを着た労働者たちが踊っているんですよね。それがリアルな景色のなかにいる“匂い立つようなミュージカル”としてすごく印象に残りました。
監督:ミュージカルをするほどピンチになる話にしようと思ったときに、最初は何をスイッチにしたらいいかわかりませんでした。そんなとき、特にきっかけはありませんでしたが、急に催眠術のことを思いついたんです。
監督:何度もかけてもらいましたが、結局一度もかかりませんでした。しょうがないですよね、僕は心がすさんだ人間なので……(笑)。
監督:楽しもうとする姿勢や素直な人ほどかかりやすいというのはあるみたいですね。でも、意外な人がかかったりするところも目撃したので、誰にかかるかは本当にわかりません。
監督:むしろ、催眠術は現場をスムーズに進めてくれました。というのも、やしろ優さんが生の玉ねぎをムシャムシャかじらないといけなかったのですが、本物の催眠術師を撮影現場に呼んだおかげでうまくいきましたから。
監督:巨匠監督の気分になれる催眠術がいいですね。そしたらもっと撮影現場で委縮せずに、ズバスバと指示が出せると思うので……。
監督:プレッシャーだらけですよ! いつもハラハラしながら現場にいて、緊張しっぱなしなんですよね。そんな風にプレッシャーを抱えすぎてしまうので、ぜひ巨匠になりたいです(笑)。
監督:絵コンテを書くことですね。それによって自分自身も落ち着きますし、スタッフにも事前にその日撮影しないといけないカットやシーンが共通認識としてちゃんと伝わるので。それもあって、撮影期間中は朝に当日分の絵コンテを書くようにしています。
監督:脚本のときは全然決まっていませんでした。脚本を書き終えてから、どの曲を使おうかと探し始めました。ただ、場面に合った歌詞の内容やメロディーラインを探そうとしても、そう簡単には見つかりませんでした。
監督:気がついたらその時代の曲に偏ってしまったというだけです。僕より上の世代はだいたい知っている曲ですが、若い人のなかには「狙いうち」くらいは聞いたことがあるけれど、あとはまるで知らないという人も結構いましたね。ただ、そこまで行くと逆に映画用のオリジナル曲に聞こえると言われたので、それならいっそ若い世代には新曲としてとらえてもらえるのもいいかなと思うようになりました。
あと、新しい曲を入れなかった理由としては、最近の曲はサイクルが早いので、去年流行っていたものでも今年はもう古いと感じられてしまうんですよね。それだったら、いっそのことエバーグリーンと言われるような名曲の方が、古びようがなくていいだろうという判断になりました。
監督:「Happy Valley」が一番ですが、そういえば「ウエディング・ベル」だけは、脚本段階にここで「ウエディング・ベル」を歌うと書いた唯一の曲です。なので、もしこの曲の許諾が下りなかったら、ウェディングパーティのシーンもchayさんの役も全部なかったと思います。
監督:リアルタイムで聞いていた曲ですが、「なんておそろしい歌なんだ」と当時衝撃を受けたんです。歌詞から「つまりこれはこういうことだよね?」となんとなく想像が膨らんでいったんですが、それをいつか映像化したいと思うようになっていました。なので、今回はこのチャンスを逃すまいと思って、早くから「ウエディング・ベル」を歌う女性の描写を細かく考えていったんです。
監督:それは、本物のキラキラOLっぽさですね。500人ほどお会いするなかで、「歌も抜群にうまい、ダンスもできる」という人はたくさんいましたが、「現実の世界で丸の内OLに見える」人はほとんどいなかったんです。
そんななか、三吉さんは歌とダンスと芝居ができるうえに、背も高くて、丸の内の高層ビルで働きながらいい暮らしをしているというのが誰よりも似合うと思いました。あと、存在のリアリティと、そこから歌とダンスに切り替わるときの華やかさというギャップがすごくよかったです。
監督:おそらく僕は何もしてあげられませんでしたが、やしろ優さんとchayさんの存在は大きかったと思います。というのも、コメディラインを担当できるやしろさんと歌専門でやってきたchayさん、そしてお芝居ができる三吉さんということで、それぞれ悩んだときにはお互いに相談して補完し合える関係になっていたからです。おかげで現場もうまくいき、僕はとても助かりました。
監督:この映画は、ミュージカル好きの人はもちろんですが、いままでミュージカルが苦手で見られなかったという人も楽しめるように、逆転の発想で作りました。観たあとはどんな人でも必ず歌って踊りたくなるようにできていますので、ぜひ食わず嫌いを克服していただきたいと思います。
(text:志村昌美/photo:小川拓洋)
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