1971年12月23日生まれ、山口県出身。1992年にRCサクセションの「トランジスタ・ラジオ」のカバーシングルでデビュー。1995年には「月明かりに照らされて」でメジャーデビューを果たす。近年はアルバム「LIFE」(16年)やDVD「String Quartet“BANQUET”」(19年)などを発表している。最新作は3年ぶりのオリジナルアルバム「Quarter Note」(19年)。俳優としては、篠原哲雄監督の映画『月とキャベツ』(96年)で初主演し、主題歌の「One more time, One more chance」を手がけ大ヒットし話題となる。主な出演作は、ドラマ『奇跡の人』(98年)、劇中の音楽も手掛けた主演作『8月のクリスマス』(05年)など。篠原哲雄監督とはショートフィルムのオムニバス映画『Jam Films』(02年)の一編『けん玉』でもタッグを組んでいる。
『半落ち』や『クライマーズ・ハイ』など、映画やドラマに多大な影響を与えている人気ミステリー作家の横山秀夫。警察小説の第一人者ともいわれている横山だが、プロの窃盗犯が事件を解明する異色の小説「影踏み」がついに映画化された。
今回、原作者本人から指名を受けたのは、篠原哲雄監督と主演を務めた山崎まさよし。1996年に『月とキャベツ』で初タッグを組んで以来、いまや盟友となった2人に、本作の魅力やお互いのことについて語ってもらった。
監督:今回は中心にいる人物を現実化するにあたって、原作のいいところをなるべくチョイスすることは意識しましたが、サスペンスの描き方などでどうしても省かざるを得ないところもあったので、そういう部分は苦労しました。ただ、主人公が抱えていることをきちんと形にしていくという点に関しては、できたとは思っています。
山崎:この作品はあまり説明過多ではないので、シチュエーションがどんどん重なっていきますが、そのなかでも心象風景を語らずして観客に伝える表現が篠原監督の作品にはあると感じました。小説の場合、主人公が寡黙だとしてもある程度セリフで語っているとは思いますが、僕が演じた真壁は「何とか言えよ!」と突っ込みたくなるくらい喋らないので、そこに対する難しさはあったと思います。
山崎:税金を払っていくなかで、民の人は官の人に対して「俺らの税金で食べやがって」みたいな恨み節が心のどこかにあると思うんですよね(笑)。そういうところがまずひとつ。あとは、僕自身がソロアーティストで個として活動していますが、この主人公も一人で活動しているわけですから、ある意味では共通項があるのかなというのは感じました。
山崎:一人でいると、「これは正しいものなのか」「どこかで道を外していないだろうか」「ただ自分の欲望のままにやっていることではないだろうか」といった判断を自分で下すことがなかなかできないんですよね。つまり、個として生きていくというのは、そういった危うさをずっと持ちながら社会や周りを見て、きちんと自分で進んで行くことが必要なんだと思います。なので、壁にぶち当たるというか、壁はつねにあるものだと感じていますよ。そのなかで、その壁を掘っていくような感覚で前に進んで行っているところです。
監督:ミュージシャンと泥棒が似ている点についての話もありましたが、ほかに頼るものもなく、自分一人でやっていくことへの共通点は確かにあると思います。でも、だからといって山ちゃんをキャスティングしたわけではなく、事前に横山さんご本人から『影踏み』を提案されたときに「警察官役よりは合っているし、これはおもしろくできるんじゃないかな」という風には考えました。
山崎:まず群馬に行くと、「登利平」の鳥めしは食べますよね。
監督:うん、食べるね(笑)。あと、必ず行く場所といえば、伊参スタジオかな。
山崎:そうですね。
監督:あそこは『月とキャベツ』で僕たちが合宿をしたところであり、映画を作っていた場所でもありますから。しかも、2001年から開催されている「伊参スタジオ映画祭」では『月とキャベツ』を毎年上映してくれているんですよ。僕はそこで行われているシナリオ大賞の審査員でもあるので、毎年訪れていますが、そんな風にこの作品を欠かさずに上映してくれていることは非常に大きなことだと思います。
監督:伊参スタジオがある中之条町も以前は田舎でしたが、いまでは「中之条ビエンナーレ」というアートイベントを開催したり、この20年間で文化的に大きく変わりましたよね。伊参スタジオも廃校になった建物でしたが、『眠る男』の撮影にも使われたこともあり、いまでは映画の施設のようなところになっていますから。『眠る男』と『月とキャベツ』の資料館でもあるので、今度から『影踏み』のブースもできるのかなと期待しているところです。
山崎:忘れられないところばかりですが、挙げるとすれば、文房具屋と真壁の恋人である久子のアパートには思い入れがありますね。
監督:でも、残念ながらあのアパートは無くなってしまうらしいんだよね。
監督:まだあるのか僕にもわからないですが、そうですね。あと、前橋は官公の町なので、裁判所とか刑務所も印象に残っています。
山崎:確かに、刑務所もすごかったですよね。
監督:それから、伊勢崎は住宅が多いエリアで、旅館とか映画館とか飲み屋に行くとなると高崎。そんな風に、群馬のなかでも場所によっては「ハレとケ」みたいに、非日常と日常に分かれている感じなんですよ。
山崎:そうですね。監督だけでなく、『月とキャベツ』の撮影部も録音部もプロデューサーもみんながまた集結していて、「みんな集まるけど、どうする?」と言われたら断る理由がないですよね。ノーとは言えないですよ(笑)。逆に、もし呼ばれなかったら「誰がやるんだろう」と気になりますし、「俺のこと呼んでくれないんだ……」みたいにもなるので、それは避けたかったです。
監督:じゃあ、今後もまたお願いしますね(笑)。といっても、今回の場合は『月とキャベツ』の20周年がきっかけで、「また組めたらいいね」という流れでもあったので、何をするかということは重要でした。そのなかで、山ちゃんができる役かどうかを考える意味でも、『影踏み』にはいい感じで至ったと感じています。
山崎:篠さんは白髪が増えて、少し太ったくらいかな(笑)。
監督:そうだね。山ちゃんも少し太ったのと、目が一重から二重になったところとか?
山崎:(笑)。確かに、あの当時は一重でしたよね。
山崎:そうですね。篠さんは基本的に変わっていないと思いました。
監督:山ちゃんはあのときに比べたら、どこか図太くなったところはあるんじゃないかな。
山崎:それはそうですね。当時は全部が初めてでしたから。
監督:『月とキャベツ』ではミュージシャン役であったので、自分自身を投影することが役作りにおいて一番の近道でしたが、今回はまったく違う人物。キャラクターを作り上げる過程で求められていたのは、演じながら役と自分を行ったり来たりする作業だったので、結構大変だったんじゃないかな。特に、普段の山ちゃんのライブでは観客に対してユーモアがありますが、今回はダークな部分を引き出しつつ、じっと何かを探ったり、人に何かを問いかけたりをさりげなくする役どころでしたから。そういう意味では、「俳優・山崎まさよし」が大きく成長したと思います。
山崎:やっと俳優と認めていただくことができましたね(笑)。というのは冗談ですが、僕自身にとっては、篠原哲雄監督の現場に対しての安心感がありました。
山崎:はい、丸投げ放置プレイでした(笑)。
監督:そう言われると、僕が何もしていないみたいですけど、場の雰囲気をどう作るかが監督の仕事。僕はそのなかで俳優に好きなようにやって欲しいんですよ。なので、普段から僕は俳優に対して「こうやってください」ということはほとんど言わずに、「どう思う?」とよく聞くようにしています。僕としてはその人がいかにその役でいられるか、ということが大切なんです。
山崎:僕の少ない経験から考えるに、俳優という仕事は主観と客観の入れ替わりがずっと続いているものだと思っています。たとえば、カットがかかったときには「この人だったらこうするんだろう」という客観性を持っていますが、シーンに入ると「自分だったらどう動くか」という主観に切り替わりますよね。そうやってタイミングごとに切り替えられるのが、プロの俳優さんなんだろうなと漠然と思っています。今回、監督から何も言われなかったということは、僕もその入れ替わりがうまくできていて、「山ちゃんだったらこうなるだろうな」というのもわかっていただいていると感じていましたが、僕の解釈は間違っていますか?
監督:いや、正しいですよ。特に、いまの主観と客観の話は、俳優としての態度としても正しいですし、そういう風に言葉で俳優論を言えるようになったんだなと思いました。
山崎:そんなつもりはなかったですけどね(笑)。
監督:彼の場合は歌詞を書いて、曲を作っていますが、映画で例えると、脚本、監督、音楽の全部をしていることになるので、頭のなかでは僕にはわからないすごいことをしているんだろうなと思っています。ここ数年は、映画で会う機会が多かったですが、しばらく会っていないときでも、「今度はこんなアルバム出したんだな」とか「いつかまた組めたらいいな」といったことはいつも考えていました。
山崎:僕も同じように篠さんがどんな作品を撮っているのかは、つねに気にしていました。僕の場合は自分のやりたいことをやっていますが、篠さんの場合は編集など技術職でもあるので、映画監督とミュージシャンというのは、どこか隔たりがあるのかなとは感じています。なので、俳優としてまた篠さんと組めるのはうれしいですね。
監督:でも、僕は山ちゃんのことは俳優として見ているというよりは、「ミュージシャン・山崎まさよし」として見ているので、僕の映画に出てもらうときは、別の引き出しを開けている感じですね。なので、普通の俳優とは違うスタンスだと思います。
山崎:普段はその引き出しに鍵がかかっているんですけど、その鍵は篠さんの机のなかに入っているので、「山ちゃん、鍵はここにあるよ!」といつも教えてくれるんです。
監督:確かに、そういう感じだよね。
(text:志村昌美/photo:小川拓洋)
(ヘアメイク:三原結花[M-FLAGS]/スタイリスト:宮崎まどか)
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