1993年4月3日生まれ、福井県出身。東京外国語大学でヒンディー語を専攻するかたわら、ベンガル文学のゼミに所属し、ベンガル語を学ぶ。その過程で、タゴール・ソングと出会い、卒論の研究テーマをタゴール・ソングに設定する。在学中には映画にも興味を持つようになり、映像制作を学び始めると、『タゴール・ソングス』の制作をスタート。本作が初の監督作品となる。
現在、映画業界はかつてないほどの苦境に立たされているが、この困難をなんとか乗り切ろうと、配給会社や劇場などが一体となってあらゆる試みが行われている。そんななかでインターネット上に立ち上がったのが「仮設の映画館」(http://www.temporary-cinema.jp/)。すでに、バラエティに富んだ作品が顔を揃えている。
そのひとつとして注目されているのは、非西欧圏で初めてノーベル文学賞を受賞したインドの大詩人ラビンドラナート・タゴールが生み出した歌の魅力に迫るドキュメンタリー『タゴール・ソングス』。公開延期を余儀なくされていたが、劇場公開に先行してオンラインでの配信がスタートしている。そこで、本作を手掛けた佐々木美佳監督に、制作までの過程や苦労、そしていまの状況だからこそ感じている映画への思いを語ってもらった。
※編集部注:5月30日よりポレポレ東中野にて公開されることが決定しました(2020年/5月27日)。「仮設の映画館」も継続中です。
監督:私は大学でヒンディー語を専攻していましたが、ベンガル語も学ぶようになり、そのときに出会ったのが「タゴール・ソング」と総称されるタゴールの歌でした。最初は翻訳していても良さがわからないところもありましたが、現地の人から話を聞いていくうちに輪郭がつかめるようになってきたので、論文ではなく、映画として表現したいと思うようになったのが始まりです。
監督:上京する前は、映画を作りたいと思ったことは一度もありませんでした。でも、大学に入ってから授業でドキュメンタリーを見たり、ミニシアターや山形国際ドキュメンタリー映画祭に行ったりするうちに、映画のおもしろさを知り、作ってみたいと思うようになりました。
監督:確かに、ただ映画を見ているだけだったら、どうしていいのかわからなかったのかもしれません。でも、ワークショップや映画祭のボランティアを通して、制作している方々と直接お話できる機会を持てたので、それは大きかったと思います。とはいえ、実際に始めてから、「これは大変なことだ」と気づかされましたが(笑)。
監督:映画を作る前は、何かをしたいのに何をしていいかわからなくなり、ずっとモヤモヤと悩んでいましたが、撮影に入ってから大変だったのは、人との関わり合いやひとつひとつの交渉のプロセス。もちろん、チームで作ることのおもしろさもありましたが、意見の対立もあったので、そういう過程は苦労しました。でも、いま振り返ってみると、それは嫌な大変さではなかったと感じています。
監督:ベンガル人のみなさんにとって大事なタゴール・ソングを知るために日本から来たということもあり、すごく歓迎してくれました。それだけで相手との距離が縮まったのはうれしかったです。いまでも取材した方々との関係は続いていますし、私のことを娘のように思ってくれるおじいさんもいるほど。人との出会いには恵まれました。
監督:一番は、デング熱になったことですね。そのときはインドのコルカタにある病院で2、3日療養しましたが、付きっきりで看病してくださったのは、現地で出会った人たち。おかげで無事に回復して、撮影もできたので本当に助けていただきました。
監督:今回は運もよく、そういうことはまったくありませんでした。もし選挙の時期と重なっていたら、ストライキやデモがあったりして危なかったと思うので、いい時期に撮影ができたと思います。
監督:実家にいたときからお墓参りや法事など、日常のなかに仏教というものが近くにある環境だったことと、仏教がインドからきていることに興味を持つようになったのがきっかけです。特に、仕事で使おうと考えていたわけではなかったので、なんとなくヒンディー語を勉強してみようかなという感じでした(笑)。
監督:最初はインドで一番話されている言語を勉強しようと思ってヒンディー語を選びましたが、実際にヒンディー語の地域に行ってみたときに、自分が思い描いているインドとはちょっと違うと感じて、実は少し落ち込んでしまったんです。そんなときに、ベンガル語の美しい響きを聞き、タゴールという詩人について学んでいくうちに、ベンガル文学へと引き寄せられていきました。
監督:最初に思ったのは、抽象的で大学生にはピンとこない歌詞だなと。ただ、わからないなりにも、良さを感じることはできたので、どうして自分にはそれがわからないのかということが気になるようになりました。
監督:日本に伝わっているタゴールの詩や歌は本から情報を得ることが多いので、高尚で近寄りがたい印象がずっとありました。ただ、崇高な歌だけでなく、気軽に楽しめる歌もあるので、取材を進めるうちに気が付いたのは、みんなにとってのタゴールであり、実は身近な存在であるということ。それからは、タゴールとは私たちと一緒にいてくれる人なんだと思うようになりました。
監督:状況によって変わることもありますが、映画でも何度か使っている「ひとりで進め」はつねに好きな歌です。詩は厳しいことを言っているように感じるのですが、それがメロディーに乗って伝わってくることで、自然とその言葉を受け入れられるようになる。覚えやすいメロディーなので、口ずさむように「ひとりで進め」という厳しい言葉が優しく染み込んでいく感覚が好きなんです。
監督:「ギーターンジャリ」という本のなかに、「美しい音色を生み出すためには、面倒なしつけが必要だ」といった一節があるのですが、その言葉を思うと「いいものを作るには時間がかかるのは当然だからがんばろう」という気持ちになれるので、私のお気に入りです。
監督:人と関わるうえで、以前よりもオープンマインドになったと感じています。遠くにいるベンガルの方々とも歌を通じてわかりあえたので、そういうコミュニケーションの取り方は、タゴールのおかげでできるようになった部分です。
監督:そうかもしれないですね。本当に不思議なご縁だと思います。おそらくタゴールほど偉大な人物と向き合おうとすると、どうしても影響を受けざるを得ないので、そういうことを繰り返すなかで、自分が成長できたのかもしれないです。
監督:そもそも上映される映画館が遠くて行けなかった、という人がオンラインで見られるという意味ではプラスだと思いますし、すでにオンラインでご覧いただいた方からは「やっぱり映画館で見たい」という反応もいただいているので、上映が始まったらまた映画館にも来ていただける可能性はあるのかなと感じています。私としては、こういう状況のなかでも「仮設の映画館」で見ていただけることは前向きにとらえているところです。
監督:普段、文化的なものに当たり前にアクセスできていたこと自体がぜいたくなことだったというか、いろんな方が守って循環させてくれていたからこそ、一観客として楽しめていたんだということを改めて感じました。そういった部分が可視化されたところもあるので、政府にもアクションをしてほしいですし、ミニシアター・エイドなどが発足したように、私たちももっと声を上げていく必要はあると思います。私自身も、監督として自分の言葉を紡いでいきたいです。
監督:いまは、多くの方が個人の選択や判断を求められている状況にいると思います。だからこそ、映画に登場する曲のなかでも、響いてくる曲は一人一人違うと思うので、映画を見ながら自分の好きな曲を探してほしいですね。そして、それがみなさんにとって大切なお守りのようになってくれたらうれしいです。
監督:次は、もう少しエンタメ要素のあるドキュメンタリーを作ってみたいですね。でも、私はインドや南アジアのことを勉強してきたので、これからもお互いの文化と文化を繋げていきたいですし、それによってもっと多様性を受け入れられる“土壌”を増やしていくのが目標です。いまは食文化にも興味があり、カレーのドキュメンタリーというのもいいなと思っているので、自粛期間中を利用して調査を始めたところです。
監督:まずは『タゴール・ソングス』をご覧いただき、おもしろいと思っていただきたいですが、私自身も映画を作り続けるなかで見えてくるものがあるはずなので、これからもしぶとくドキュメンタリーを作っていきたいと思います。
(text:志村昌美)
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