1978年11月12日生まれ、フランス、ヴァル=ドワーズ県ポントワーズ出身。2004年に脚本家としてデビューしたのち、『水の中のつぼみ』(07年)で長編映画監督デビューすると、カンヌ映画祭「ある視点部門」に正式出品され高い評価を受ける。その後、『トムボーイ』(11年)はベルリン国際映画祭のパノラマ部門のオープニング作品として上映され、テディ賞を受賞。さらに、3作目の『GIRLHOOD』(14年/未)では、ストックホルム国際映画祭でグランプリを受賞する。2016年には、脚本で参加した『ぼくの名前はズッキーニ』でセザール賞の脚色賞を受賞し、輝かしいキャリアを積む。本作では第72回カンヌ国際映画祭脚本賞だけでなく、女性監督として初めてクィア・パルム賞を受賞した。
『燃ゆる女の肖像』セリーヌ・シアマ監督インタビュー
世界が絶賛! 映画人を虜にする追憶のラブストーリー
美術史が女性を見えざる者にしていたことに気が付いた
世界の映画賞で44受賞、125ノミネートという大躍進を遂げている話題作『燃ゆる女の肖像』が、いよいよ日本での公開を迎える。シャーリーズ・セロンやグザヴィエ・ドランといった今をときめく映画人たちが大絶賛しているだけでなく、アメリカの映画批評サイト「Rotten Tomatoes」ではなんと98%フレッシュをたたき出しているという。
本作では、18世紀のフランスはブルターニュを舞台に、望まぬ結婚を控える貴族の娘と彼女の肖像を描く女性画家という2人の決して結ばれることのない運命の恋を描いている。手掛けたのは、主演を務めたアデル・エネルの元パートナーでもあるセリーヌ・シアマ監督。そこで、本作に込めた思いやキャスティングなどに語ってもらった。
監督:題材としては古いかもしれませんが、話題性がないとは言えないと思ったからです。とりわけ、この時代の女性画家について語られることはまれで、女性全般についてもあまり知られていません。この映画の資料作りに取り掛かっていたとき、この時代の女性アーティストの現実についてほとんど知らず、エリザベート・ヴィジェ=ルブランやアルテミジア・ジェンティレスキ、アンゲリカ・カウフマンなどの名声を手にした画家しか知りませんでした。
監督:当時の記録や資料、情報の収集は大変でしたが、それでも、18世紀後半の美術界で、女性の存在感が飛躍的に増していたことを裏付けることができました。特に、肖像画が流行したことによって、多くの女性が絵を描くことを職業としていたようです。女性美術評論家も存在し、女性たちはさらなる平等と認知度の向上を求めていました。こうして、映画作りに必要なものはすべてそろっていたのです。
こうした中、100名ほどの女性画家が成功をおさめ、キャリアを築き上げていましたが、その多くが有名美術館の所蔵品となっているものの、歴史には名を残していません。この忘れ去られた女性画家たちの作品を発見したとき、私はとても興奮すると同時に、悲しみも感じました。それは、完全なる匿名性を運命づけられた作品に対する悲しみです。美術史が女性を見えざる者にしてきたことに気がついただけでなく、その結果、もたらされたものもありました。彼女たちの作品を見ると、心がかき乱され、感動をおぼえます。なぜなら、私の人生に欠けていたものを見つけたからです。
監督:古い時代の衣装を使用する映画は、多くの人の協力が必要だし、技術的な問題や様々な要求、専門家とのやりとり、そして正確な再現ができるかという懸念もあるので、現代をテーマにした映画よりも手間がかかるように見えるかもしれません。
でも実際には、現代を舞台にした映画でもプロセスは一緒。まずは、時代背景を見極めてから、歴史を正しく反映したセットや衣装作りにとりかかります。それは現代の映画に現実を投影するときも同じで、考えなければならないことは、事実と想像をどのように組み合わせるかだけです。
監督:予測とは裏腹に、この映画の撮影現場は、これまでの作品の中で一番楽でした。舞台となったブルターニュの城に住人はおらず、これまで修復されたこともなかったため、木造部分や、寄木張りの床、色彩などが当時のまま残っていましたから。この城が映画の核となったおかげで、私たちは家具や小道具、備品、木材、生地などの準備に集中することができました。新しい挑戦だったのは、衣装の制作。高いレベルの正確さが要求される仕事は、刺激的でしたね。
今回は、衣装デザイナーのドロテ・ギローと一緒に取り組みましたが、衣装に各登場人物の特性を反映させるため、私たちはそれぞれの服が何を象徴しているのか、これまで以上に考えなければなりませんでした。重要だったのは、裁断の仕方や生地、そして重さ。なぜならそれらは役柄の社会性や歴史的事実に関わるだけでなく、締め付けられた衣装を着る女優の演技などに影響していたからです。
例えば、私はマリアンヌの服にはポケットが必要だと決めていましたが、それは彼女の普段の振る舞いを念頭に置いていたからこそ。さらに、ポケットがその世紀の終わりには排除され、女性の衣装から消えてしまうことも大きな理由でした。私はポケットのモダンなスタイルが好きだったので、ポケットをよみがえらせたかったのです。
監督:この映画について空想し始めてすぐにぶつかった難題が、当時の女性たちの親密な感情を表現すること。女性たちは、自分たちの将来がすでに決められているものであることは承知していた一方で、定められた運命以外の体験もしていました。好奇心旺盛で、賢く、恋愛することを望んでいたのです。
当時、女性たちの欲求が禁じられていたものであったとしても、その事実は変わりません。1人になったときようやく、すべての儀礼から解放され、警戒心が解け、気を抜くことが許されるのです。それは自分の体が自分のものになる唯一の時間でした。私は、彼女たちの友情や問いかけ、その姿勢、ユーモア、そして、走ることへの情熱に報いたかったのです。
監督:エロイーズの役柄は、アデル・エネルを念頭に書きあげました。ここ数年でアデルが実証してきた女優としての素質をこの役に反映させつつ、彼女に新境地を開拓してもらいたいという期待も込めているからです。まだ見たことがない彼女の一面を引き出せたらと思いました。
この役どころは感情豊かで知的な女性ですが、アデル自身も立ち止まって悩んだりすることなく、生き生きとしていて、願望や抽象的な考えを具現化する力を持っています。撮影現場では、細部までこだわって仕事をしていましたが、彼女の意見は特に重要でした。私たちのこの作業がこの映画の中核であり、“ミューズ”という概念に終止符を打ちました。互いの創造性で新たな描き方をしています。私たちはお互いに刺激を与える協力者という関係でした。
監督:彼女と一緒に仕事をしたのは初めてでしたが、女優との初顔合わせは、映画とストーリー、特に恋愛力学に大きく影響すると感じています。恋人同士として、象徴的で特別な印象をもつカップルを作りたかったのです。マリアンヌはすべてのシーンに登場するので、必要だったのは、強い存在感の女優。ノエミは毅然としていて、勇敢で情熱的な女優なので、正確さと過度な部分がまじりあいながら、実在しない人物を作り上げてくれました。まるでマリアンヌが実在していたかのようでしたが、これはノエミのおかげです。
監督:今回は、最初からラブストーリーを撮りたいと思っていました。脚本の構成として、根底にあったのは、2つの矛盾した願い。1つは、恋に落ちる瞬間と喜びを段階的に見せることで、戸惑いやためらい、ロマンチックなやりとりを映し出しています。もう1つは、今の時代にも通じる、愛がもたらす影を描き出すこと。この映画では追憶という形をとり、恋愛の思い出に焦点を当てました。登場人物と観客に向けて、現在の喜びや情熱と、解放への願望の物語として作りあげています。二重に時間を構成することで、登場人物の感情を体験し、考えさせる効果があるのです。
監督:あとは、対等な関係のラブストーリーを描きたいという希望があったので、キャスティングの段階から、人間関係のバランスも大事にしていました。つまり、社会的な階級や力関係、誘惑とは関係のないラブストーリーです。それから、自然と生まれる会話に驚かされるような感覚を大切にしました。映画全体を通して、登場人物の関係には、この原則を貫いています。
使用人のソフィーとの友情も階級を越えたものなので、伯爵夫人とも率直に話し合っていますが、夫人自身も願望や野心を抱いている人物。そんなふうに、役柄同士に連帯感と誠実さを求めました。
監督:すべてにおいて対等な関係を描きたかったので、意図的にそうしました。障害や抑圧ではなく、女性が秘めている可能性、喜び、親密性を描きたいと思ったからです。
一生意味を持って影響し続ける愛を描きたかった
監督:実在した画家について描くのではなく、空想の人物を作り上げることにしました。私にとってその方が良いと思えたので。そうやって登場人物を生み出すことを通じて、その時代を生きた、すべての女性に思いを巡らせることができるからです。この時代の画家を専門とする美術社会学者である歴史コンサルタントが脚本を読み、マリアンヌを1770年の画家としてふさわしい女性に仕立て上げてくれました。
画家の制作プロセス全体を見せたかったので、必要だったのは、絵画を用意すること。そのために模倣画の作家ではなく、マリアンヌと同じ30歳で、現代を生きるアーティストを探しました。Instagramなどで現代画もリサーチする中で、出会ったのがエレーヌ・デルメール。エレーヌは油絵の古典的な技法も学んでおり、19世紀の技法にも精通していたのです。撮影監督のクレア・マトンと私たち3人は、絵画の制作と撮影という二重の課題に取り組みました。撮影方法と時間の枠を考えなればならず、制作の様々な段階をすべて連続で撮影しています。ディゾルブを避けることが構成作りに役立ちましたが、編集で合成する代わりに画家のリアルな動作やリズムを映し出すことにしました。
監督:脚本を書いているときから、この映画は音楽なしで作ることを考えていました。従来のラブストーリーでは感情が音楽で表されることが多いですが、この映画では音楽に頼って、二人の関係を結びつけることはできないので、シーンのリズムと配置をよく検討しなければなりませんでした。
鬼気迫る様子を表現する音楽やBGMはないので、1つ1つの場面に取り組むしかなかったのです。音楽のない映画を作るということは、リズムを過剰に意識すること、体の動きやカメラワークなど、音楽以外のもので表現することになります。特にこの映画は、ほとんどのシーンがワンショットで構成されているので、演出には細心の注意を払いました。
監督:この手法は賭けではありましたが、特別な挑戦だったとは思っていません。これに関しても、基本的には当時を再現したいという理由でした。音楽は、彼女たちの人生において、求めながらも遠い存在のものとして描きたかったし、その感覚を観客にも共有してほしかったからです。映画の中でアートとの関係が重要になるのは、登場人物が孤立しているからですが、この映画では、美術や文学や音楽や映画が、時として私たちの感情を完全に解放してくれることを物語っています。
監督:主にインスピレーションを受けたのは、昔の女性画家たちの存在や彼女たちの作品です。自分としては新しいことをしたいという考えがあるので、今まで未てきたものからというよりは、これまでされてこなかったものを作ることを追求しました。
ただ、意識のなかにあった作品を挙げるとすれば、『ピアノレッスン』と『バリー・リンドン』。この2作品は、時代劇という型にはまったものが多いなかで、時代モノでありながら型にはまらない新しさを感じられて勇気を与えてくれるものだったからです。
監督:この映画で描かれる愛は、相手と一緒にいられるかどうかではありません。築いた関係によって自分がどう成長し、どう心が解放され、自分自身を見つめ直して知らなかった自分にどう近づけるのかということです。別れてしまっても過去のものになるわけではなく、一生意味を持って影響をし続ける様を描きたいと思いました。
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