誰でも1つや2つは美しいまま残しておきたい恋の思い出があるもの。『マリリン 7日間の恋』の主人公である23歳の青年コリン・クラークにとって、それは年上の特別な女性、当時30歳のマリリン・モンローとの恋だった。マリリンはセクシーでスキャンダラスなスターとして知られているが、彼の目にはそうは映っていなかった。
1956年に撮影された『王子と踊り子』は、イギリスの名優ローレンス・オリヴィエと“世界のセックス・シンボル”マリリン・モンローが共演するということで、撮影前から大きな話題を集めていた。オリヴィエには“絶世の美女”と称えられるヴィヴィアン・リーという妻がいて、モンローも劇作家アーサー・ミラーと再婚したばかりだったが、この共演によりオリヴィエとモンローが恋に落ちるのではないか、というゴシップを期待する向きもあったようだ。
実際、オリヴィエ自身も自伝「一俳優の告白」の中で、初めての会合の後、「私は無茶苦茶にマリリンを愛してしまうだろう」と感じたことを告白している。と、同時に、マリリンの二面性についても気付いていた。撮影が始まると、その二面性がオリヴィエを悩ませた。精神不安定なときのマリリンは遅刻を繰り返し、セリフを覚えられない。監督もつとめていたオリヴィエはなんとか彼女の魅力を引き出そうと努めたが、演技法でも対立し、2人の仲は険悪になった。ますます精神不安定になったマリリンに手を焼いたオリヴィエは、第3助監督とは名ばかりで雑用係の青年コリンにマリリンの“世話係”を押し付けたのだった。
コリンは名家の子息であり、映画業界に入ったばかりだった。推測するに、彼は恵まれた育ちによって自尊心と安定感を備え持っており、マリリンを前にしてもスターだからと媚びへつらうこともなく、対等に接することができたのだろう。コリンのそうした資質は、不幸な幼少時代を過ごして劣等感に苛まれてきたマリリンにはないものだった。マリリンは彼に安心して心の内を明かし、コリンは彼女を全力で慰めた。当然、コリンはすぐに恋心に苦しむことになるのだが……。
マリリンがコリンに恋をしていたのかどうかはわからない。彼を頼っていたけれど、それは傷ついた少女が優しい大人に甘えるのと同じような感覚だったのかもしれない。そう、この映画のマリリンには“セックス・シンボル”という印象はまったくなく、繊細な少女のようなのだ。世話係の好青年の恋する目にはそう映っていたのであり、ミシェル・ウィリアムズは思い出の中のイノセントなマリリンを輝くような美しさで愛らしく演じている。
後にドキュメンタリー監督として成功したコリンは、マリリンとのエピソードを40年余りも胸にしまっていて、初老にさしかかってから回想録を出版した。それほど彼にとってマリリンとの7日間は誰にも汚されたくない大切な宝物だったのだろう。そんな思いが伝わってくる、甘くきれいな作品だ。
『マリリン 7日間の恋』は3月24日より角川シネマ有楽町ほかにて全国公開される。(秋山恵子/ライター)
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