【週末シネマ】ブルガリア発、望郷と自分探しを描いた珠玉のロードムービー

『さあ帰ろう、ペダルをこいで』
(C) RFF INTERNATIONAL, PALLAS FILM, INFORG STUDIO, VERTIGO / EMOTIONFILM and DAKAR, 2008 All rights Reserved
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年間製作本数がわずか7〜8本というブルガリア映画のなかから日本公開に至った稀少な1作『さあ帰ろう、ペダルをこいで』。国家の歴史に翻弄されたある家族の物語を、離れて過ごしてきた祖父と孫の再会から始まるロードムービーとして描く珠玉作だ。

『さあ帰ろう、ペダルをこいで』予告編

共産党政権下のブルガリアからドイツへ移住した家族が25年ぶりに里帰りを計画するが、途中で交通事故に遭い両親は死亡、ただ1人生き残った息子のアレックスは病院で意識を取り戻すが、記憶を失っていた。

事故の報を受け、ブルガリアから祖父のバイ・ダンがドイツまで訪ねてくるが、アレックスに祖父の記憶はない。四半世紀ぶりに再会した孫を助けたい一心で、バイ・ダンはかつて手ほどきしてやったバックギャモンのゲームを通じて、失われた時間と心の距離を少しずつ埋めていく。やがて退院の日を迎え、アレックスは祖父と共に故郷ブルガリアへ向かう。交通手段は飛行機でも列車でもない。2人が力を合わせてこぎ進めていくタンデム自転車だった。

「人生はサイコロと同じ。どんな目がでるか、それは時の運と自分の才覚次第だ」と語るバックギャモンの名手、バイ・ダンを演じるのは、『パパは出張中!』『アンダーグラウンド』などエミール・クストリッツァ作品で知られるヨーロッパの名優、ミキ・マノイロヴィッチ。豪快で生命力あふれる壮年を溌剌と演じる。それに対して、アレックスの父親でバイ・ダンの娘婿・ヴァスコの顔には常に疲労と苦悩の色が濃い。反体制側に立ったことでエリートの道を断たれた過去を持つ義父と、その義父を今も敵視する体制との板挟みになったヴァスコは、80年代に妻子を連れて西ドイツへの脱出を決意した経緯があった。

記憶を喪失し、自分が誰なのかすら思い出せないアレックスの表情もまた、かつての父親に通ずる苦渋に満ちている。20世紀後半のブルガリアと現代のドイツという2つの時制を往き来する物語は、アレックスの失われた記憶のピースを1つずつ揃えていくようだ。抑圧からの脱出と、その先に待っていた厳しい現実など、日本人にあまり馴染みのないブルガリアの現代史が、彼の脳裏に蘇っていく記憶として観客にも伝わってくる。

タンデム自転車でドイツを出発し、故郷を目指してヨーロッパを横断していく祖父と孫の旅路はゆっくりと進む。バックギャモンに興じながら、野原に寝そべり空を見上げながら、バイ・ダンが孫に語りかける言葉は簡潔だが、胸に響く。武骨な風貌に絶妙なユーモアとほんのかすかな哀しみを湛えた味わい深い表情にほれぼれする。

祖父に導かれ、新しい出会いや発見を経て、アレックスは失われた過去を取り戻す。自分を貫き通した祖父と、家族のために節を曲げた父親。それぞれの苦悩に思いを馳せ、アレックスはようやく自分自身の新たな一歩を踏み出す。波乱に満ちた東欧の歴史的背景が生んだ悲劇性と、それを覆すかのような不思議な明るさが複雑に輝く物語。その中心に据えられているのは、望郷と自分探しという普遍のテーマだ。

『さあ帰ろう、ペダルをこいで』は、5月12日よりシネマート新宿ほかにて全国順次公開される。(文:冨永由紀/映画ライター)

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『さあ帰ろう、ペダルをこいで』作品紹介