【週末シネマ】理解できないからこそ人間──人間の不可解さを追体験する119分
『その夜の侍』
いやに後を引く作品だ。冒頭、男が商店街を歩いている。蝉が鳴いており、作業服姿から覗く顔にも首にも汗がにじんでいる。そしてぶ厚いメガネの奥にある瞳は、むくんでいるようでもあり、ひきつっているようでもある。次第に、男は誰かを付けていることが分かる。手に提げたレジ袋からは、包丁の刃が見える……。
劇団THE SHAMPOO HATの同名舞台を映画化した『その夜の侍』。メガホンは、舞台版の脚本・演出・主演を兼ねた赤堀雅秋がとっている。物語の軸になっているのは、鉄工所を営む主人公の男・中村の復讐劇だ。5年前、ひき逃げ事件によって妻の久子を亡くした中村。
中村は突然にして、日常を奪われた。妻の最後の言葉となった留守番電話のメッセージを、中村には消すことができない。糖尿病の彼の身体を心配し、プリンを食べてはだめだと言う妻の声を聞きながら、プリンを頬張り続ける。まるで、プリンを食べることで、妻と今でも会話していると自分を騙すかのごとく。彼の時間は、進むのを止めた。
一方、ひき逃げ犯である木島のほうは、出所後も反省の色などなく、気の向くままの暴力的な生活を繰り返している。そんな姿を目にして、中村は木島への復讐心を募らせる。皮肉なことに、木島への憎しみだけが、辛うじて日々を過ごす原動力になっていく。そして毎日届く脅迫状によって、さすがの木島もイライラを募らせていく。
中村と木島には、それぞれに堺雅人と山田孝之が扮している。笑顔がトレードマークの堺だが、本作ではその武器を封印。映画が始まってからしばらくしても、主人公が堺、その人であるとは気付かないほどだ。大袈裟に言っているのではない。中村からは、こちらがイメージするところの堺の匂いが一切しない。
対する山田も、さすがの演技力で理解するのが難しい男・木島を体現している。そして理解が難しいといえば、ここに出てくるキャラクターは、どこか謎めいている。特に顕著なのが、木島を取り巻く人々だ。ひき逃げ事故を起こしたときに、助手席に乗っていた友人、というより子分のような小林(綾野剛)に、木島に殺されそうになりながらもその後の行動を共にする星(田口トモロヲ)、木島にレイプされたにも関わらず、家に招き入れ、食事まで作ろうとする女(谷村美月)。
彼らの行動を理解することはできない。だが次第に、理解できないことこそ、人間を描いているのだと思えてくる。本作を見ている間中、胸が締め付けられ、苦しくて苦しくてたまらなかったが、それも、どこかにリアルなものを感じ取っていたことに他ならない。
クライマックス、決着をつける夜。台風の雨に打たれながら、ようやく中村と木島が顔を合わせる。そこで何が起きるかは、自分の目で確かめていただきたいが、迫力のあるシーンに仕上がっていることは断言する。意外な展開が待つことも。そしてラスト、止まっていた時計の針がほんの少し動く。苦しくて仕方がないのに、不思議と滑稽さも感じさせる、独特の世界観を持った作品。ぜひ後引く体験を。(文:望月ふみ/ライター)
『その夜の侍』は11月17日より全国公開される。
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