死刑容認が8割の日本人に、はたして“白い牛=生贄”は見えるのか?
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シングルマザー、障害者、死刑制度…社会問題を問う『白い牛のバラッド』
愛する夫が冤罪で死刑を受け、ろうあの娘と暮らすシングルマザーを描いた、第71回ベルリン国際映画祭金熊賞&観客賞ノミネート作品『白い牛のバラッド』が、2月18日に公開される。このたび、刑務所に焦点を当てたドキュメンタリー映画監督・坂上香と映画評論家・森直人のトークショーが開催された。
・身柄拘束、上映禁止、本編カット…それでも国内で撮る意義とは?
坂上監督は、「実は初めて見たのは昨年12月、ちょうど死刑が執行されたタイミングだったので伝わり方がリアルだった。今日改めて見て印象が変わりました」と語る。
「主人公のミナの凛としたところ、淡々と生きていて、すごく自立していて、すごく魅力的で。そこにぐいぐい引き込まれた」と、主演のマリヤム・モガッダムの演技を称賛すると、森も頷き、「ただ者ではないと思っていたら、なんと監督でもあった!」と応じた。
その迫真の演技の裏には、幼い頃、モガッダム監督の実の父が政治犯として死刑になった過去があるということを知った坂上監督は、次のように分析した。
「この映画の中で死刑はなくせないと言っているけど、モガッダム監督は死刑をなくしたいと思っていると思う。なくせると言うのではなく、なくせないもどかしさを描くことで、見ている側に考えてもらうという手法をとっている」
一方、森は、イランの映画製作が困難な事情についても言及した。
「ジャファール・パナヒ監督のサッカー映画『オフサイド・ガールズ』も上映禁止となって、さらには20年自宅軟禁にもなりながらも『これは映画ではない』と言って『人生タクシー』を撮影しました。また、アスガー・ファルハディ監督は、国内外での上映を意識して、微妙に滑りこませているものの、ギリギリの表現をしている。いずれのイランの監督たちも、あの手この手で作品を撮ろうとしている。本作品も映画祭で数回上映されて以降、検閲により劇場公開をされておらず、その要因は、設定やシチュエーションがチャレンジングで、正面から制度を訴えたからこそではないでしょうか」
坂上監督は、冒頭のミナが面会にいく長い廊下のシーンを見て、思い出したようにイランと日本の撮影状況を説明した。
「『プリズン・サークル』で撮影した、島根あさひ社会復帰促進センターの施設内を思い出しました。とにかく廊下が長く、職員の方でさえも道を間違えるほどでした。また、少年院のドキュメンタリーを描いたイラン映画『少女は夜明けに夢を見る』を見た際には、歯軋りするほどすごく悔しい思いをしました。イランはモザイクもなく施設内を全て映し、カメラの出入りも自由。それに対し、『プリズン・サークル』の撮影では、カメラの位置もコントロールされ、最初から顔を出さないと法務省に決められていたんです」
死刑制度で“揺れない”日本の背景
話題は日本の死刑制度へ。
「世界の他の国が死刑制度を廃止する動きの中、日本は死刑制度賛成派が増えている状況」と坂上監督が言うと、森は「無関心がその動きを促進している可能性もある。日本は排除の論理が強くなってきているように感じる」とコメント。
続けて坂上監督は、日本とアメリカを比較して次のように解説した。
「アメリカは今、死刑制度で揺れる国で、なぜ揺れているかというと情報があるから。アメリカでは『デッドマン・ウォーキング』をはじめ、死刑を描いた作品が多くあり、死刑執行についての情報が情報センターで開示されているが、日本は開示されていない。情報がないことは、十分に議論ができない私たちにとって可哀想な状況でもあるんです」
これに対して森は、死刑を巡る日本映画の状況を解説する。
「日本も以前は、大島渚監督の『絞首刑』という作品で、死刑をブラックコメディとして描けたし、大杉漣さんの『教誨師』も罪や暴力の後をどう生きるかと描いていた。『教誨師』と『プリズン・サークル』は似たことを描いていると感じた」
また、坂上監督が驚いたのは、被害者遺族の妻がドア越しでミナを訪れるシーンだという。
「びっくりしたんですが、ちょっとイランの制度を調べてみたところ、被害者遺族が加害者を許してしまうことができるそうなんです。改めてあのシーンを見ると、被害者遺族の妻は主人公の夫に対し、冤罪という罪を犯してしまったから、本当の真犯人を許した。だからあなたも私を許してください、と言っているのだと気づいた」
それを受けて森は「イスラム法典の目には目をというのは、報復の論理もあるが、制限法でもある。それ以上のことをするなというもの。怒りというものが鎮静化すると赦すということになるのかもしれない」と分析。すると坂上監督も「報復の連鎖を断たなくてはいけないという思いが込められているのかもしれない」と考察を加えた。
坂上監督は、「白い牛(冤罪で殺された夫)」をめぐるイラン人女性ミナの話。冤罪のリスクを認め ず、死刑を『やむをえない』と8割が認めてしまう日本の私たちに、はたして『白い牛(生贄)』 は見えるのだろうか」と語る。
数々の社会問題を盛り込んだ冤罪サスペンス
本作品は、テヘランの牛乳工場に勤め、夫のババクを殺人罪で死刑に処されたシングルマザーのミナの物語。
刑の執行から1年が経とうとする今なお深い喪失感に囚われているミナは、ろうあの娘ビタの存在を心の拠り所にしていた。ある日、裁判所に呼び出されたミナは、別の人物が真犯人だと知らされる。ミナはショックのあまり泣き崩れ、理不尽な現実を受け入れられず、謝罪を求めて繰り返し裁判所に足を運ぶが、夫に死刑を宣告した担当判事に会うことさえ叶わなかった。するとミナのもとに夫の友人を名乗る中年男性レザが訪ねてくる。ミナは親切な彼に心を開いていくが、ふたりを結びつける“ある秘密”には気づいていなかった……。
『白い牛のバラッド』は、2月18日に公開される。
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