『サイド・エフェクト』
今年50歳にして、早くも映画監督引退を表明したスティーヴン・ソダーバーグの最後の劇場用作品『サイド・エフェクト』。タイトルが示す“副作用”というその意味がじわじわと迫ってくる。
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誰もが漠然とした不安を抱えて生きる都会を舞台に、精神科医が患者に投与した向精神薬の副作用をめぐるサスペンスは、我が身に置き換えて想像するのもそう難しくはない日常的なところから始まる。
ニューヨークで小さな自動車事故を起こしたエミリー(ルーニー・マーラ)を診察した精神科医のバンクス(ジュード・ロウ)は、彼女がかつて患った鬱病を再発したと診断する。新婚直後にインサイダー取引の罪で収監された夫(チャニング・テイタム)が4年ぶりに出所し、エミリーは幸せな日々を取り戻しているはずだった。だが、その後も彼女は不安定な行動をとり続け、バンクスは以前にエミリーを診察した女医のシーバート(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)の助言を受けて、新薬を処方することに。すぐにエミリーの症状は格段に改善するが、程なくして大事件が起きる。薬の副作用で夢遊状態だったエミリーが殺人を犯してしまったのだ。
か弱く美しい女性患者に同情し、薬を処方したことから主治医としての責任を問われるバンクスは、自分だけが出来過ぎなほど不利な状況に追い込まれていくことに不審を覚え、事件の裏側に潜む真実を探っていく。良き家庭人として、誠実な医師として生きてきた男がミステリアスな女と出会い、窮地に追い込まれていく。副作用とは薬が服薬者に及ぼす影響にとどまらず、その人物と他者の関係にもたらす影のことでもある。処方する者も服用する者も、一体それをどこまで見越しているのか。ヒッチコック作品を思わせる展開の中、登場人物たちは欲や虚栄心、愛情をさらけ出して行動する。身もふたもないその姿に、罪のない人間なんて、生まれたての赤ん坊だけではないかと思えてくる。
殺人犯にして薬害被害者という立場のファム・ファタールを演じたルーニー・マーラをのぞき、主要キャストはこれまでソダーバーグ作品に出演してきた俳優が揃う。『コンテイジョン』のジュード・ロウ、『トラフィック』のキャサリン・ゼタ・ジョーンズ、そして『エージェント・マロリー』、『マジック・マイク』に続いて3作目の出演となるチャニング・テイタム。なかなか核心を現さない複雑な物語を、一流の役者たちが緻密に演じている。特に、自身が双極性障害であることを公表しているゼタ・ジョーンズの演技は真に迫っている。
8月に公開されたソダーバーグの前作『マジック・マイク』は男性ストリッパーを主人公に据えた青春映画だが、前向きなストーリーながら、作り手側のそこはかかとない厭世観が漂っていた。そして本作。スタイリッシュに人間の業を描く、これぞ怜悧なソダーバーグの集大成というべき一作だ。本当にこの作品をもって幕を引くのであれば、お見事。でも、心変わりして新たに傑作を作るというのであれば、それももちろん歓迎だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『サイド・エフェクト』はTOHOシネマズ みゆき座ほかにて全国公開中。
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