成功者の夫と美しい妻、理想の家族は更なる成功を夢見るが
【週末シネマ】成功者の夫と美しいブロンドの妻。アメリカン・ドリームを絵に描いたようなカップルの実像と崩壊劇を描く『不都合な理想の夫婦』。ジュード・ロウの名演と、予測のつかない展開に引き込まれる心理ドラマだ。
ニューヨークで貿易商を営むイギリス人のローリーは、アメリカ人の妻アリソンと子ども2人と満ち足りた生活を送っている。時は1986年、ローリーは好景気に沸く故郷で更なる成功を目指し、一家でロンドンへの移住を計画する。これまでも夫の都合で転居を続けてきたアリソンは、馬の調教師の仕事もあって一度は反対するが、夫の熱意に負けて移住に同意する。ローリーは彼女に新天地で牧場を始めることを勧め、馬1頭を購入する。
・ジュード・ロウが「気づいた時には取り返しのつかない」夫婦の行く末は?
豪邸に牧場、名門校、完璧な暮らしに挫折の予感が漂い始め…
かつての上司が経営する商社に“アメリカ帰りの成功者”として戻ったローリーは、ロンドン郊外に豪邸を借りた。遅れてアメリカからやって来た妻子を迎えて自慢の我が家の前で記念写真を撮る時に、ちょっとした違和感が見える。得意げに18世紀に建てられた邸内を案内して回るはしゃぎぶり、職場で大言壮語を繰り返す様子など、話が進むにつれて口達者で押しの強い彼の胡散臭さがいよいよはっきりしてくる。
息子を名門校に編入させ、妻には広大な敷地に馬小屋を建てることを約束する。一方、継子の娘は公立学校に通わせ、彼女抜きで3人の家族写真を撮る。あからさま過ぎる行動を本人は全く自覚していないし、妻と子ども2人はそのまま受け流している。ニューヨークでも、それ以前の場所でも、一家はそういう風に過ごしてきたことがうかがえる。
だが、新しい生活は何ひとつうまくいかない。挫折の予感に苛まれるアリソンは常に悲観的だ。そして彼女の不安は的中し、ローリーのキャリアは暗礁に乗り上げ、実は貯金も底をついていたことが発覚し、豪邸住まいながら、アリソンは家計を助けるために働き始め、子どもたちは新しい環境に馴染みきれずに荒んでいく。そして広い家では説明のつかない不穏な現象までもが起き始める。見ていて、ふと黒沢清監督の『トウキョウソナタ』が頭に浮かんだ。
ジュード・ロウ&キャリー・クーンのヒリヒリするような演技が見事
両極端に振れる2人がカップルであるということ、傍目には美男美女の理想の夫婦に見える不思議さ、その虚像を必死に守ろうとする夫への失望と嫌悪感。ヒリヒリするような感情の機微をつぶさに伝えるジュード・ロウとキャリー・クーンの演技は見事の一言だ。
ロウは『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』で見せた重厚さとは正反対の薄っぺらさを糊塗する落ち着きのない振舞いが痛々しいほどリアル。「FARGO/ファーゴ3」や『ゴーストバスターズ/アフターライフ』で知られるクーンは、虚飾を拒んで破綻すら歓迎するような絶望を全身で表現する。
機能不全に陥った家族の物語を通して、日本でもバブル景気に浮かれた1980年代の空疎なムードを思い出す。そこに、イギリスとアメリカという育った文化の違いがそれぞれに強いる無理が積み重なっていく悲劇、性差の問題、両親の不和が子どもたちに及ぼす影響などが加わると、物語の普遍性が増してくる。原題の『The Nest』は巣を意味するが、彼らにとって、この邸宅こそが巣になるのだろうか。家族の根幹となるのは、夫婦という他人同士であることを改めて思い知らされる。(文:冨永由紀/映画ライター)
『不都合な理想の夫婦』は、2022年4月29日より全国順次公開。
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