【週末シネマ】刺激的な映像と音楽の洪水で観客をトランス状態に誘い込む
『トランス』
白昼のオークション会場で、ゴヤの名画「魔女たちの飛翔」の強盗事件が起こる。約40億円で落札された絵画強奪に成功したものの、肝心の絵を一時的に隠す役を担った男が怪我で記憶を失った。一味のボスは何とか男の記憶を回復させようと、暴力も辞さないあらゆる手段を講じるが……。
スピーディーな展開のクライム・サスペンスとして始まる『トランス』は、ここからさらに速度を上げて混沌を極めていく。綿密な計画を立てながら、1人がとった予定外の行動ですべてが狂ってしまうのだ。ボスのフランクは催眠療法による事態解決を目論み、催眠療法士のもとへ記憶をなくしたサイモンを送り込む。美しい療法士のエリザベスは挙動不審なサイモンの窮状を探り出し、救いの手をさしのべる。だが、彼女にもまた思惑があった。
犯罪ものから心理ドラマへと舵を切り、催眠療法のセッションを通してサイモンの深層心理をたどる物語が始まる。事実は1つのはずなのに、曖昧な意識からいくつもの“真実”が次から次へと現れる。それぞれの手の内を探り合いながら、サイモンとフランク、エリザベスの3人が奇妙なラブストーリーを構築していき、ここで映画はまた新たな一面を見せる。信頼と裏切り、愛情と憎しみによって変化し続ける人間の心もとなさをあぶり出す。記憶も感情もすべて不確か。自分というものが信じられない不安は、観客の胸をもよぎるだろう。
記憶障害で本来の意思も、自分の正体さえもわからず混乱するサイモンを演じるのはジェームズ・マカヴォイ。好青年然とした外見に多くの秘密を隠した複雑な役どころは、5月に公開された『ビトレイヤー』や11月公開の『フィルス』など、最近の彼の得意とするところ。冷徹な一方、欲と色の両方に引きずられるフランクを演じるヴァンサン・カッセルは野蛮なエレガンスという矛盾を体現してみせる。そして、理性と情熱のバランスが絶妙なヒロインを演じるのはロザリオ・ドーソン。エキゾティックな美でフェティシズムを満たすファム・ファタールの魅力を振りまく。
監督は『トレインスポッティング』の昔から、アカデミー賞8部門受賞の『スラムドッグ$ミリオネア』など近作に至るまで、常に刺激的な映像と音楽の洪水で観客を文字通りトランス状態に誘い込むダニー・ボイル。今回もまた、たたみかけるようなめまぐるしい展開で、複雑な物語を力技で押し切る。謎解きの過程で、あれ?と疑問が浮かびかけても、検証する暇もない。スクリーンに見入っているうちに、暗示にかけられてしまったのか。流されていく危うさ、とてもおいしい毒が体に染み込むような、抗いがたい引力に満ちている。(文:冨永由紀/映画ライター)
『トランス』は10月11日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中。
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