【週末シネマ】教会が引き裂いた母子の絆──宗教と信仰の矛盾について考えさせる作品
『あなたを抱きしめる日まで』
生き別れになった息子を、50年の歳月を経て捜し求める旅を始めた主婦と、彼女に同行して記事を執筆しキャリアの巻き返しを狙う元BBCのエリート記者。彼らが息子の行方と、母子を引き裂いた真相を求めていく『あなたを抱きしめる日まで』は2009年にイギリスで発表されたノンフィクションの劇映画化。1950年代のアイルランドで未婚のまま10代で妊娠し、身を寄せた修道院で3歳まで育てた息子を無理やり養子に出された女性・フィロミナの実話を、イギリスが誇る名女優、ジュディ・デンチが演じる。
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宗教上も法律上も妊娠中絶は罪であり、修道院にはフィロミナと同じ境遇の若い未婚の母が大勢いた。堕落した罪深い存在として扱われ、重労働を強いられ、挙げ句に無断でわが子を養子に出されてしまうのが常だった。その後、結婚してもうけた娘にも隠し続けた秘密を明かし、娘を介してジャーナリスト、マーティンと出会う。ロンドンからマーティンを伴ってアイルランドの修道院を再訪したフィロミナは、火事で過去の記録書類は焼失したと知らされる。だが、マーティンは立ち寄ったパブで衝撃的な事実を耳にする。書類は修道院側が意図的に焼却していたのだ。なぜか。当時、修道院は子どもたちをアメリカ人の養子として斡旋し、金銭を受け取っていたからだ。
不信心のマーティンはカトリック教会のやり口に憤るが、素朴で信心深いフィロミナは、それでも修道院側の善意を疑おうとはしない。そもそも、ファミレスやロマンス小説が大好きで、初めて乗った飛行機の機内サービスに大喜びする庶民のフィロミナと高学歴でシニカルなマーティンは普段の会話も噛み合わない。マーティンの高尚な冗談は滑りまくり、すべて真に受けるフィロミナの反応と相まって、理不尽で悲劇的な現実のなかに軽やかでユーモラスな瞬間が生まれる。共同脚本を手がけ、第70回ヴェネチア国際映画祭で金のオゼッラ賞(脚本賞)に輝いたマ―ティン役のスティーヴ・クーガンは作品のテーマについて「忍耐と協調」であり、「直観vs知性」と語っているが、コメディ俳優としても活躍する彼とオスカー女優、デンチのやりとりは絶妙だ。
“デイム”の称号を持つジュディ・デンチが、ワシントンD.C.でリンカーン記念館を見学するか、ホテルの部屋のテレビで『ビッグママ・ハウス』を見るかを真剣に悩むフィロミナを演じる。厳しさと気品が漂ういつも通りの顔で、驚くほど純真でナイーブな振る舞いを連発するギャップに最初は戸惑うが、いつの間にかフィロミナとしか思えなくなる。名演の一語に尽きる。監督は『クイーン』などのスティーヴン・フリアーズ。
アメリカで、ようやく息子の情報にたどり着いてからの展開は想像を超えるほどドラマティックだ。そして、一歩ずつ真相にたどり着くごとに、フィロミナという女性の清らかさ、正直さ、愛情の深さが胸に迫ってくる。そして、その中心には信仰が根ざしているということに、深く考えさせられてしまう。(文:冨永由紀/映画ライター)
『あなたを抱きしめる日まで』は3月15日より全国公開される。
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