【映画を聴く】コーエン兄弟『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』の音楽がスゴい!

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『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』
Photo by Alison Rosa (C) 2012 Long Strange Trip LLC
『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』
Photo by Alison Rosa (C) 2012 Long Strange Trip LLC
『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』
Photo by Alison Rosa (C) 2012 Long Strange Trip LLC
『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』サウンドトラック
デイヴ・ヴァン・ロンクCD「Inside Dave Van Ronk」

ジョエル&イーサン・コーエン兄弟監督の作品には、音楽が印象的なものが多い。大半の作品ではスパイク・ジョーンズとの仕事で知られるカーター・バーウェルがスコアを手がけているが、ここで取り上げる彼らの最新作『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』では、2000年の『オー・ブラザー!』以来、久々にT・ボーン・バーネットがエグゼクティヴ音楽プロデューサーをつとめている。

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全米で700万枚以上という驚異的セールスを記録した『オー・ブラザー!』のサウンドトラック盤において、カントリーやブルーグラス、マウンテン・ミュージックへの造詣の深さを広く知られることになったT・ボーン。今回の『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』は1960年代のフォーク・ミュージックにフォーカスした内容で、『オー・ブラザー』とは奇しくもアメリカン・ルーツ・ミュージックという大きな括りのなかで地続きになっている。ここでは“ドキュメンタリーのように生々しい音楽映画を撮る”というコンセプトのもと作られたこの映画の音楽的な背景をおさらいしておきたい。

コーエン兄弟の最新作にして最後のフィルム撮りと言われている『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』は、1961年、フォーク・ムーヴメントが盛り上がりを見せていたニューヨークはグリニッチ・ヴィレッジ界隈を描いた作品である。主人公でフォーク・シンガーのルーウィン・デイヴィスにはモデルがいて、その名前をデイヴ・ヴァン・ロンクという。同年にデビューしたボブ・ディランが憧れ、影響を受けまくったフォーク・シンガーとして、彼にまつわるバイオグラフィ本や映画などでは必ずその名は出てくるものの、現在の日本ではほぼ無名と言っていい存在だ。新しいところではマーティン・スコセッシ監督による伝記映画『ボブ・ディラン/ノー・ディレクション・ホーム』(2005年)にインタビュー映像が挿入されていたりもしたが、彼自身は2002年に65歳で亡くなっている。

本作は、このデイヴ・ヴァン・ロンクの書き遺したメモワール「The Mayor Of MacDougal Street」(早川書房より「グリニッチ・ヴィレッジにフォークが響いていた頃──デイヴ・ヴァン・ロンク回想録」として翻訳・刊行されたばかり)を読んでインスピレーションを受けたコーエン兄弟が創作したフィクションで、“ルーウィン・デイヴィス=デイヴ・ヴァン・ロンク”ではない。ただ、冒頭に出てくる「ガスライト・カフェ」はヴァン・ロンクが実際にライヴを頻繁に行なっていたコーヒーハウスと同名だし、劇中にちらっと出てくる彼のアルバム『Inside Llewyn Davis』はヴァン・ロンクが実際にリリースしたアルバム『Inside Dave Van Ronk』のジャケットを完コピしたものになっている。ピーター, ポール&マリーや、後にボブ・ディランのマネジメントを担当するアルバート・グロスマンなど、当時のキーパーソンをモデルにした人物も多数登場するので、このあたりの事情に詳しいほど本作を奥深く味わえることは間違いない(もちろん、そんな事情を知らなくても十分に見応えのある作品にはなっている)。

演奏シーンはすべて差し替えなしで役者自身が歌う、というのが撮影の大前提だったらしく、ルーウィンを演じるオスカー・アイザック以下、ジャスティン・ティンバーレイクやキャリー・マリガンらキャストの歌声や演奏は、どれも撮影時に生で収録されたものだ。『スター・ウォーズ/エピソード7(仮題)』での大抜擢も話題になっているオスカー・アイザックは名門・ジュリアード音楽院で学んだ“本物”だが、ここでは見事にひとりの個性が確立されたフォークシンガーになりきっている。劇中で彼が歌う「グリーン, グリーン・ロッキー・ロード」は、エンドロールで本家デイヴ・ヴァン・ロンクのヴァージョンも使用されているので、注意して聴き比べてみてほしい。アイザックがヴァン・ロンクの歌真似ではなく、自身の声によってルーウィン・デイヴィスという架空の人物に肉付けをしていることがよく分かるはずだ。

また、本作のラスト手前には、希少性という意味では大目玉といえる楽曲が使用されている。ボブ・ディランの「フェアウェル」だ。これはディランが1963年頃に録音して未発表になっていたスタジオ録音版で、映画のなかでは最も重要なシーンで登場する曲である。誰が、どこで、どうやって歌っているのかは、ぜひとも自分の目で確かめていただきたい。個人的には“時代が変わった瞬間”を追体験できる素晴らしいシーンだと思う。

映画の公開に先立ってリリースされたサウンドトラック盤には、劇中で使われた楽曲がすべて収録されている。オスカー・アイザックの歌うヴァン・ロンクのレパートリーを中心に、ジャスティン・ティンバーレイクやキャリー・マリガンらが歌うピーター, ポール&マリーの「500マイルズ」なども挟みつつ、先のディラン、そしてヴァン・ロンク本人の歌で締めくくられる曲順も映画と同じ。『オー・ブラザー』に続くサントラ名盤として、関連曲を集めたコンピレーションなども編まれて、アメリカ本国ではすでに話題となっているようだ。

最後にもうひとつだけ映画の内容について。すでに一部で指摘されているように、本編にたびたび出てくる“ゴーファイン教授の猫”のくだりは、ロバート・アルトマン監督/エリオット・グールド主演の『ロング・グッドバイ』の冒頭シーンを思い出させる。ネコを探すルーウィンとフィリップ・マーロウは、置かれている境遇や私生活でのダメ人間ぶり、反面仕事では妥協できない志の高さなど、似ているところがけっこう多い。ただ、猫の行く末は大きく異なる。オフビートで何も起こらない作品だが、このトラ猫によってもたらされる“観後感”は、とても清々しい。(文:伊藤隆剛/ライター)

『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』は5月30日より公開中。

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