「生まれてきてくれて、ありがとう」に思いを巡らせる是枝監督作『ベイビー・ブローカー』

#アイユー#イ・ジウン#イ・ジュヨン#イム・スンス#カン・ドンウォン#コラム#ソン・ガンホ#ペ・ドゥナ#ベイビー・ブローカー#ホン・ギョンピョ#是枝裕和#週末シネマ

ベイビーブローカー
『ベイビー・ブローカー』
(C)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

『万引き家族』とは双子のような作品と是枝監督

【週末シネマ】今年のカンヌ国際映画祭でソン・ガンホが韓国の俳優として初めて男優賞を受賞した『ベイビー・ブローカー』。是枝裕和監督が韓国で撮った新作はタイトルが示す通り、いわゆる「赤ちゃんポスト」に預けられた子どもを密かに売るブローカーが主人公だ。

ポストに預けられた赤ん坊をめぐる物語は、意外なほど明るいロードムーヴィーで、ユーモラスな瞬間が多々あり、そして何よりも優しい。偶然に引き寄せられた者同士が血縁に関係なく擬似家族になっていく。2018年にカンヌで最高賞パルムドールを受賞した前々作の『万引き家族』と重なるテーマだが、是枝監督によれば、2作は双子のような関係だという。

不幸せとは何なのか?『万引き家族』から見えてくるもの

主人公のブローカー2人組は、借金まみれのクリーニング店の店主サンヒョンと、赤ちゃんポストを設置する施設に勤め、自身も孤児だったドンスだ。ある土砂降りの雨の夜、ポストに赤ちゃんが預けられると、2人はその子をこっそり連れ去る。だが、思い直した母親・ソヨンが翌日戻ってきて、サンヒョンたちの所業が発覚。「大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という苦しまぎれの言い訳に呆れながらも、ソヨンは2人とともに我が子の里親探しの旅に加わる。そんな彼らを現行犯で捕らえようと、刑事の女性2人が密かに尾行を続けていた。

ソン・ガンホ、イ・ジウン名義のIUなど、主演級の役者の演技も見どころ

キャストには主演クラスのスターが揃う。2019年のパルムドールをはじめアカデミー賞作品賞も受賞した『パラサイト 半地下の家族』のソン・ガンホがサンヒョンを演じ、『新感染半島 ファイナル・ステージ』のカン・ドンウォンがドンス、国民的人気のシンガーソングライター、IUがイ・ジウン名義でソヨンを演じる。さらにウォシャウスキー姉妹監督作や是枝監督の『空気人形』などで国際的にも活躍するペ・ドゥナが一行を追うアン刑事、後輩のイ刑事をドラマ『梨泰院クラス』や『野球少女』のイ・ジュヨンが演じる。

ベイビー・ブローカー

欠点だらけだが、憎めないサンヒョンのキャラクターはソン・ガンホならではのもの。カン・ドンウォンは生来の華を消し、親に捨てられた心の傷を抱えたドンスの素朴な表情と哀愁を見せる。どうしても我が子を育てられない理由があるソヨンの複雑な心中を演じたイ・ジウン、ブローカーたちの珍道中を辛辣なツッコミを入れながら追う刑事の心情の変遷を表現したぺ・ドゥナ、後輩役のイ・ジュヨンは、観客と同じ目線で一部始終を見つめる役割を果たす。

もう1人、ドンスが育った施設の少年が登場する。サッカー好きでちょっと生意気なヘジンを演じるイム・スンスの自然な振舞いは、『誰も知らない』をはじめとする是枝作品で子役たちが見せた瑞々しさを思い出させる。

それぞれの旅を詩情豊かにとらえた、『パラサイト~』や李相日監督の『流浪の月』を手がけた撮影監督ホン・ギョンヒョの映像が美しい。

ベイビー・ブローカー

重いテーマに対する軽いタッチに賛否あるも、劇中のある言葉が耳に残る

欧米評では、テーマの重さに対して軽やかで世話物的なタッチを疑問視する声もあったと聞く。子どもを育てることを放棄する母親、子どもの父親、捨てられたという事実に傷ついたまま成長する子どもたち、あるいは妊娠中絶といった現実の問題への明確な答えを出さず、当事者たちの悲しみや怒りは、母親という概念に対する甘い幻想めいたトーンを纏う温かな優しさに包まれていく。

劇中の「生まれてきてくれて、ありがとう」という言葉が耳に残る。親になったことのない者には、その言葉が口をついて出る心理はわからない。では、その言葉をかけられたら? その心地は、生を受けた誰もが想像できるだろう。この映画では、誰が誰に向かってそれを言うのか。そう言われた者はどう反応するのか。家族に恵まれて育った自分にとって、今までは言う側の自己満足のようにも聞こえた言葉を、ある人物が口にしたとき、「そう言われてみたかった」と思う人の心情が少しだけ理解できた気がする。それが『ベイビー・ブローカー』という作品の使命なのかもしれない。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ベイビー・ブローカー』は、2022年6月24日より全国公開。