ロシアで今、何が起きているのか…学校は? 子どもは? 葛藤を抱えつつ暮らす人々
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危険を顧みず自国に留まる『ヘィ!ティーチャーズ!』ユリア・ヴィシュネヴェッツ監督が告白
ユリア・ヴィシュネヴェッツ監督作品『ヘィ!ティーチャーズ!』(原題:Katya I Vasya idut v shkolu、英題:Hey!Teachers!)が6月25日からユーロスペースで公開される。
その公開に合わせてユリア・ヴィシュネヴェッツ監督のオフィシャルインタビューが解禁された。
ロシアによるウクライナ侵攻後も「ロシアで何が起こっているか記録することが重要」と危険を顧みず、ロシアに留まるユリア監督の4月にオンラインで敢行された貴重なインタビューだ。
同作に登場するエカテリーナとワシリイはモスクワの大学を卒業した新米教師。2人は理想を胸に、見ず知らずの地方都市の学校に赴任する。エカテリーナは文学、ワシリイは地理の先生として。
だが、すぐにその理想は崩れていく。授業中に勝手に発言する生徒や話を全く聞かないクラス、教師同士の人間関係、日々の授業の準備。山積する仕事に「理想の教育」は霞んでいくのだった。果たして、情熱を持ち、新しい教育を目指したふたりの新米教師の行く末は?
ロシアだけの問題ではない「教育システム」や「教師の働き方」に迫るドキュメンタリー
同作はロシアという一国にとどまらない、教育システムや教師の働き方のギャップに迫ったドキュメンタリーだ。教室の中にカメラを据え、教師と生徒の一挙手一投足を見つめる。
そこには、世界中の教師たちが共感するに違いない、「教えること」の日々の泣き笑いの営みがつぶさに記録されていた。
また同作からは一面的ではない、大国ロシアの姿も見え隠れする。生徒たちの発言も自由で活発だ。「僕はドネツク出身」「ウズベク語で“人間”は?」「先生は昔からいるお婆さん先生と違う」「教師は夢と希望だけじゃ務まらない」「文学の先生は愛国教育で僕らに落第点をつけた」「社会主義死ね」「国家は人々に帰属すべきだ」などなど、政治や社会情勢、恋愛や性、ジェンダーの問題……多様な意見があふれだす。
監督はプーチン政権により閉鎖に追い込まれた「Radio Free Europe/Radio Liberty」でディレクターとしても活動する、ユリア・ヴィシュネヴェッツ。日々、ウクライナ侵攻というニュースばかりが流れるロシア。しかし、そこには様々な葛藤を抱えつつも、暮らし、学ぶ人々の姿があることもまた事実だ。同作では、そんなロシアの日々の姿を描いている。
「ロシアでもほとんどの人は戦争を受け入れていない」
■ユリア・ヴィシュネヴェッツ監督インタビュー
──ロシアによるウクライナ侵攻の後、今はどのようにして過ごしていますか。
ユリア・ヴィシュネヴェッツ監督(以下、YV):今この瞬間は大丈夫ですが、今ロシアでは、ほとんどすべての人が戦争を受け入れていません。ジャーナリストも映画人も、知識人も、正直なところみんな元気じゃない。自分の国が他国にぶつかっているこの世の中で、どうやって生きていけばいいのか、何ができるのか、みんな考えています。多くの人がロシアを離れました。多くの人が去り、私の友人もほとんどロシアにいなくなりましたが、私自身はロシアで何が起こっているかを記録することも重要だと考え、しばらく滞在することにしました。特に、多くのジャーナリストが国外に流出したり、刑務所に入ったりしている今、私は続く限り、自分の仕事を続けることが重要だと考えています。
──監督は映画監督だけをしているのでしょうか、それとも他のお仕事もされていますか。
YV:いいえ、私は映画を監督するだけで、ほとんどが13分程度の短編映画です。アートフィルムというよりはジャーナリズムに近いですが、いつもやっていますし、同じトピックについて小さな記事を書くこともあります。映画制作と文章を書くだけです。それと、私はRadio Libertyでドキュメンタリー映画の制作者として働いています。
──なぜこの作品を作ろうと思ったのでしょうか。
YV:実は、学校についての映画を撮りたいとずっと思っていたのですが、ロシアでは学校はある種の軍事機密のようなもので、撮影に入るのはとても難しいのです。そこで、一流大学の若い卒業生が地方の一般的な学校で働く特別プログラムがあるというニュースを聞いたとき、たちまちとても興奮しました。モスクワの知識人とロシアの小さな町の子どもや学生、それは2つの異なる世界です。この2つの世界が一緒になって衝突するとき、間違いなくドラマチックな大きな可能性が生まれます。だから私は、学校にもアクセスできる人で、このプログラムに参加してくれる主人公を探し始めました。いくつかの学校で若い先生たちに会いましたが、どういうわけか、ワシリイのことは以前から知っていました。彼は絶滅危惧言語を扱う仕事をしていて、以前、ジャーナリストとして彼にインタビューしたことがあったからです。彼は言語活動家のようなもので、以前から交流があった人だったので、とても嬉しかったです。そして、ワシリイと同じ学校で働くことになったエカテリーナは、映画の教育を受けていて、脚本家でもある。それに、彼女は私が以前に撮った映画のことも知っていたので、とてもよかったです。もちろん、緑色の髪をしたフェミニストであるエカテリーナ自身を学校で観察することがとても面白かったので、何の心配もなく、撮影を開始しました。
──この作品の制作体制について聞かせてください。
YV:私たちが始めたのは小さな会社で、その名も「オカレカ」です。実はオカレカはロシアにある川(湖)の名前です。私と友人でありプロデューサーのエウゲニア・ヴェンゲーロワは撮影を始めてからこの会社を見つけたんです。エウゲニアをプロデューサーとして招き、一緒に仕事をしました。予算は全くなく、本当に0円からスタートし、カメラマンも何人かのボランティアを探しました。それから、Radio Libertyと提携しているテレビ局のCurrent Timeから非常に少ない予算を提供してもらい、撮影を行うことができました。
──ロシアでは、この作品に対してどのような反応があったのでしょうか。
YV:大きなリアクションがありました。昨年、モスクワや他の都市で上映会を行ったとき、私のアイデアは、ロシアの教育、ロシアの学校制度、学校に何を求めるか、子どもたちに何を学んでほしいか、といった議論を喚起することでした。現在の学校制度はどうなっているのか。それぞれの上映後に30分から1時間程度のディスカッションを行いました。先生たちの中には、主人公を批判する人もいれば、「10年前の私と同じだ」と言う人もいて、先生たちとの話し合いはいつも興味深いものでした。みんな何かしら言いたいことがあったように感じます。
──監督の生い立ちについて伺います。リベラルなスクールに通ったと言う事ですが、ロシアでは稀なのでしょうか。
YV:いいえ、そういう訳ではありません。私の学校は私立ではなく、無料だったので親はお金を払う必要はありませんでしたが、試験を受けたり、ある程度の選別がありました。学ぶことに意欲的な子どもや才能がある子どもが選ばれました。大都市の良い学校は大抵そういう仕組みになっています。もちろん、そういう家庭の子どもたちは、良い教育が評価される家庭だからです。私の両親がそうで、だから私はこの学校に通っていたのかもしれませんが、本当に2つの異なる世界なんです。映画に出てくる学校よりずっといい学校はたくさんあります。もちろん、多数派ではないのですが。そんないい学校には、ある種の社会的特権があるのです。
──監督にとって、教育とは何ですか。
YV:色々な意味を持っています。 この映画を制作している間に、私の立場は変わりました。最初は、教育とはシステムのことだと思っていました。プログラムとは何か、授業の計画とは何か、教師が子供たちに与える知識とは何か。しかし、この映画を撮った後、システムを変えれば良くなるという考えにはかなり悲観的になりました。エカテリーナとワシリイは挑戦しましたが、実際には失敗しましたし、システムを変えることはそれほど難しくなく、それほど重要ではないのかもしれません。教育において最も重要なことは、大人と若者が出会い、人生の交差点となるような出会いがあることだと思います。正直なところ、それは彼らが教えていることよりも教育的なことなのです。私たちが撮影した学校の賢い子どもたちにとっても、エカテリーナやワシリイと出会うことは重要なことだったのです。そういう教育だったのです。この映画を公開したとき、この映画を見た人たちが、自分の子ども時代に同じようなことがあったという話をたくさん覚えていました。新しい先生、経験のない先生が学校にやってきて、別の世界を教えてくれた、そういうことが一番印象に残っているようです。
──過去の作品でウクライナについてのドキュメンタリーがあるようですが。
YV:私の最初の映画でした。当時は長編ドキュメンタリーを作ろうと思っていたわけではありません。私は自分自身のためにドンバスとドネツクに行き、そこで何が起こっているのかを知りたいと思ったのです。そこで、家が爆撃で破壊された家族に出会いました。彼らはとてもいい人たちで、この状況下で泣いたり笑ったり、状況に対する悪口を言ったりしながら、新しい場所で何とか生活を立て直そうと努力していました。とても感動的で、とても強い瞬間でした。この屋根が壊れた家では雨が降っていて、すべてが雨の中でしたので、私は撮影を始め、いくつかの作品を作りました。編集したときは10~15分くらいだったんですが、それを見てみると、彼らはドネツクの分離主義者側にいたんです。川には必ず2つの対立軸があるから、両方を見ないと戦争についての映画は作れないんです。そして、ウクライナの支配下にある最前線に行きました。そこでは、同じような家族、同じ名前、同じ年齢の女性を見つけ、彼女もまたこの戦争で苦しんでいました。彼女の家は廃墟ではなかったのですが、隣の家は廃墟で、彼女も爆撃から身を隠さないといけなかったのです。私はその人たちとしばらく一緒に過ごしました。だから、当時の映画のアイデアは、戦争に耐えることができるか、どちらがより苦しんでいるか、どちらがより爆撃しているかは分からない、人々と一緒になって、苦しんでいる皆と一緒に苦しむのだ、というものでした。しかし、今の戦争はまったく違います。ある国が他の国を攻撃しているのですから、中立でいることも、両方の味方をすることもできません。今なら”A House on the Edge”のような映画は作らないでしょう。
──その作品の公開は可能なのでしょうか。
YV:“A House on the Edge”は現在オンラインで見ることができます。この作品は私の最初の作品であり、どのようにすればよいのか分からなかったので、それほど多くはありませんが、いくつかの映画祭で上映されました。その後、Current Time TVというチャンネルがこの作品を買い取り、上映し、3、4年後に彼らのYouTubeチャンネルで公開されました。
──現在のウクライナ情勢についてお聞かせください。
YV:私はこの戦争を支持しませんし、世間で言われているような“特別作戦”ではなく「戦争」と呼びたいのです。というのも、私は常に中立的な立場で、白か黒かではなく、さまざまな側面があることを伝えたいと思っているからです。一方が悪で、もう一方が……(少し考えてから)一方が加害者で、もう一方が被害者、これは間違いない。もちろん、私は被害者や苦しむ人たち、そして守る人たち、守る側を応援したいし、ロシアの侵略を支持するつもりはない。それに対して言い訳をしたくないのです。
──日本の観客にメッセージをお願いします。
YV:(笑いながら)問題は、私は日本に行ったことがないということです。しかし、少なくとも日本について何か知るために、いつか行きたいと思います。私は村上春樹の本を何冊か読み、黒澤明の映画をたくさん見ましたが、実は日本について私が知っていることはとても恥ずかしいことですが、これだけなのです。このようなことを言うのはとても恥ずかしいです。この映画はとてもロシア的ですが、同時に普遍的でもあると思います。日本は教育制度が非常に整っている国だと聞いています。日本との共通点を見つけたら、それをどこかに書いて、コメントをつけてどこかに投稿してくれたら嬉しいですね。私の映画を見た人がどんな共通点を見いだすのか、どんな大きな違いを感じたのか、私にとっても興味深いことです。あと、あまりドキュメンタリーを観ない世代からすると、ドキュメンタリーは長くて退屈で観るのが大変なんじゃないかと思われがちですが、実はコメディなんですよと言いたいです。大抵の場合、簡単に見られるので、怖がらずに始めてみてください。この映画はもちろん戦前に作られたものですが、戦争が始まった今、なぜか現実味を失っていません。なぜなら、今になって振り返ってみると、ロシアがウクライナを爆撃することを可能にした、このシステム全体がどのように評価されているかも分かるからです。学校は常に、社会のDNAのような存在です。エカテリーナとワシリイの物語は、私が撮影していたとき、不幸な結末を迎えていました。二人は学校を去らねばならず、システムを変えようとした彼らは失敗し、彼らが成功しなかったことを私は残念に思ったのです。私は今、これがどのように機能し、どのようにシステムがそれを押し出すかの一例であることを理解しました。
■ユリア・ヴィシュネヴェッツ(Yulia Vishnevets)監督プロフィール
1980年3月生まれ。モスクワを拠点に活動する映画監督、ジャーナリスト。
ドキュメンタリーのストーリーテリングを通して社会を探求することに情熱を注いでいる。モスクワのRadio Free Europe/Radio Libertyのスタッフフィルムディレクターとしても活動中。
彼女の関心は幅広く、社会的排除から個の独自性、紛争、そして人々が周囲の環境からどのような影響を受けるかにまで及ぶ。ウクライナ紛争の両側面を描いた彼女の最初の中編ドキュメンタリー映画『House on the Edge』(16年)は、モスクワの有名なドキュメンタリー映画祭Artdocfestを含む、ロシア、ドイツ、米国で多くの上映が行われ、Current time tvチャンネルに購入されるまでに至った。
ユリア・ヴィシュネヴェッツ監督作品『ヘィ!ティーチャーズ!』は、6月25日からユーロスペースで公開される。
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