【今日は何の日】鼻紙ペロペロ、足をペロペロ、犬としてかしずく…「谷崎忌」に考察したい映画
7月30日は、明治~大正~昭和を通じて活躍した文豪・谷崎潤一郎の命日。「谷崎忌」と称され、晩夏を表す俳句の季語ともなっている。谷崎というとフェティシズムやマゾヒズムなどとかくイロモノ的な側面ばかりがフィーチャーされがちだが、複数回にわたりノーベル文学賞の候補に挙がるなど、非常に表現力の優れた作家でもある。そんな彼に敬意を表し、3人の映画監督が谷崎の短編小説を映像化した『谷崎潤一郎原案 / TANIZAKI TRIBUTE』なる作品が2018年に公開された。
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『TANIZAKI TRIBUTE』に見る文学世界の映像化の難しさ
谷崎というとどうしても、痴人の愛で女に馬乗りされて「これから何でも云うことを聴くか」と虐げられて悦ぶような特殊な性癖描写ばかりが先行しがちだ。だがいち早く彼の才能に目を付けた大家・永井荷風は、「谷崎氏が描き出す肉体上の残忍は(中略)必ず最も美しい文章を以て美しい詩情のなかに開展させてあるので(中略)芸術的感激しか与えない」と賛辞を贈っている。
少し前置きが長くなったが、この「芸術的感激」を既出の『谷崎潤一郎原案 / TANIZAKI TRIBUTE』に見出すのはなかなか難しい。下宿先の娘に魅了され、彼女が鼻をかんで捨てたティッシュを大事に保管してことあるごとにペロペロ舐め回す『悪魔』などはその典型だ。「キモさ」ばかりが先に立つだけでなく、後半では血しぶきがブッシャ―! と飛び散りホラーの様相さえ呈してくる。谷崎文学の一番の“おいしみ”である背徳感ゆえの甘美な芸術性は遥か彼方へすっ飛んでしまった。
美脚に魅了されたマゾ男を描いた面白い作品も
だがこの企画自体が、谷崎文学の世界観の再現ではなく「各監督がそれぞれの感性で氏の作品を租借嚥下して現代劇に焼き直す」のが目的と思われるので、それをどうこう言うのは野暮だろう。そもそも、舞台を現代に移した時点であの時代ゆえのたおやかさや優美さは失われる。女の髪型一つとっても、髱や髷で構成される風情ある結髪が茶髪のポニーテールに取って代わったら、見える世界が180度覆るのも無理はない。
それはおそらく企画者も監督も重々承知のはずだ。だからこそ「谷崎潤一郎原案」という前書きが付いているのであろう。そう割り切って見ると、『富美子の足』などはなかなか面白い作品だ。富美子は、美脚過ぎるがゆえに男たちの好奇の目にさらされ被らなくていい災難に散々悩まされてきた。富美子の足に魅了されてべろべろ舐め回す2人の男、犬扱いで罵倒され辱められることで快感を得るマゾ男、世間が期待する谷崎作品の俗で下種な部分も存分に楽しめるとともに、胸をすく爽快感もあるのでおすすめだ。(T)
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