『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』
『クリスマス・ストーリー』『そして僕は恋をする』など、見応えある群像劇が得意なフランスのアルノー・デプレシャン監督がアメリカに渡り、ベニチオ・デル・トロと自作の常連俳優、マチュー・アマルリックを主演に据えて英語で撮った『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』は実話をもとに、出自も境遇も異なる男と男の友情、対話、そこから浮かび上がる個々の魂をじっくり描いている。
・【週末シネマ】折れそうな心を温めてくれる1本、『最強のふたり』監督コンビが放った社会派コメディ
第二次大戦の帰還兵・ジミーは戦争後遺症と思われる頭痛などの諸症状に苦しみ、戦後3年経った1948年、姉と暮らすモンタナ州からカンザス州の軍病院に入院する。様々な検査を受けても原因は不明のまま、途方に暮れた医師たちはニューヨークにいる自称フランス人の精神分析医・ジョルジュを呼び寄せ、ジミーを診断させる。ジョルジュは人類学者でもあり、アメリカ先住民・モハヴェ族を実地調査した経験があり、同じく先住民であるブラックフット族のジミーを診るにふさわしいと判断したのだ。
アメリカ先住民はインディアンと呼ばれ、「自殺しようとするインディアンなんているのか?」と医師が平然と口にするような時代。当たり前のように差別されているジミーと、フランス人というふれこみだが、もとはハンガリー出身のユダヤ人であるジョルジュ。患者と医師として以上に、第二次世界大戦の犠牲者として、あの時代のアメリカ社会の異分子同士として、無意識のうちに呼応し合い、互いの声に耳を傾け合うことで、2人は友情と信頼を築いていく。
大きな野獣のような体に不安な心を抱え、消え入りそうな声のジミー(デル・トロ)と、小さな体にエネルギーいっぱいのジョルジュ(アマルリック)。大小凸凹コンビが並ぶ画は決まり過ぎるくらい決まる。姿形も表面上の性格も正反対だからこその、ケミストリーの妙だ。デル・トロはかつてショーン・ペン監督の『プレッジ』でも知的障害を持つアメリカ先住民を演じ、社会に適応できない苦しみを表現したが、デプレシャンはこの作品を見て彼の起用を決めたという。初めて自分の話を親身になって聞くジョルジュという存在に、ジミーは閉ざしていた心を開き、自分の半生を語り出す。不信や諦念がささやかな喜びへと変貌していく様をデル・トロはデリケートに演じている。
自分は狂っているのでは、と煩悶するジミーに「君は一度も狂ってはいない」「君の魂は苦しんでいるんだ」と語りかけるジョルジュもまた、ジミーとの対話を通して、自らの内面と向き合う。どこか胡散くさくもあるが、徹底的にジミーと対話し、克明に記録する姿は真摯であり、躁状態のようなアグレッシブさばかりでもない様々な表情を持つ男性像は、アマルリックの得意とするところだ。
本作は、アルコール中毒と神経症に苦しむジミー・ピカードとの20週80回以上の対話から構成したジョルジュ・ドゥヴルーの原著「夢の分析:或る平原インディアンの精神治療記録」をもとにしているが、事実の羅列に終始する再現ドラマではもちろんない。
劇中にはしばしば、ジミーが見た夢の映像が登場する。その夢の描写の、生々しくも非現実的としか表現しようのない不可思議な美しさ。フランス映画であり、アメリカ映画であり、それより何より、映画らしい映画だ。
最後に。本作には、『フローズン・リバー』『8月の家族たち』で知られるブラックフット族の女優、ミスティ・アップハムがジミーの初恋の女性役で出演している。実生活で精神疾患を抱えていた彼女は昨年10月に行方不明になった後、遺体で発見された。撮影時からは2年は経過していて、もちろん作品とは無関係の悲劇だが、彼女が演じたジミーの記憶と夢の中に生きる女性は重要な鍵を握っているだけに、やわらかな彼女の表情が何とも言えない複雑な余韻を残す。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』は1月10日よりシアターイメージフォーラムにて全国順次公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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