『味園ユニバース』
『リンダ リンダ リンダ』『天然コケッコー』『苦役列車』『もらとりあむタマ子』など、これまで“ちょっとフツーじゃない若者”をさまざまな角度から描き続けてきた山下敦弘監督の最新作『味園ユニバース』が、本日から公開される。
関ジャニ∞の渋谷すばると二階堂ふみを主演に迎えたオリジナル企画の音楽エンタテインメント映画だが、エンタテインメントとは言ってもそこは山下監督らしく、いつも通りのオフビートなトーンが持ち味。気張ったところはまったく見受けられない。渋谷すばる演じるポチ男の“歌しか記憶にない男”という設定は、ドラマチックに描こうと思えばいくらでもドラマチックにできそうなものだが、あくまでも淡々と、少ないセリフと空気感だけで見せていく。
渋谷すばるは、関ジャニ∞でメイン・ヴォーカルを担当していることからも分かるように、ジャニーズ所属のタレントのなかでもひときわ優れた歌唱力を持つ人だ。彼が主役に抜擢された時点で“歌”とか“大阪”を扱った映画になることはだいたい想像がつくかもしれないが、ここで聴くことができる渋谷の歌声は、本当に特別な存在感を放っている。記憶を失ったポチ男が、路上で演奏するバンドのマイクをひったくって和田アキ子の「古い日記」をいきなり歌い出すという“ツカミ”のシーンでも、十二分に説得力のある歌を聴かせる。
音楽ファン的な視点で見るなら、ポチ男がカラオケで知らない歌を1フレーズ聴くだけで次々に覚えて歌っていくというシーンにもグッとくる。スピッツの「チェリー」や松田聖子の「赤いスイートピー」、MONGOL800の「あなたに」など、その選曲も自然で絶妙だ。
本作では、スタッフやキャストに大阪出身者が多い。劇中に登場する赤犬、オシリペンペンズ、ANATAKIKOUといった実在のバンドは、いずれも山下監督と同じ大阪芸術大学の出身だったりする。なかでもポチ男がリードヴォーカルをつとめることになるという設定の赤犬は、山下監督の1999年『どんてん生活』でも音楽を担当するなど交流が深い。ここでの渋谷すばると赤犬という組合せは、意外な化学反応を見せており、お互いにないものを見事に補い合っている。何も知らずに彼らのライヴシーンを見たら、まさかそのヴォーカルがジャニーズ所属の現役アイドルだとは思わないかもしれない。大阪の千日前に実在するライヴ・スペース「味園ユニバース」での演奏シーンの馴染み具合は半端ない。
音楽監督をつとめる池永正二はバンド「あらかじめ決められた恋人たちへ」のフロントマンで、彼もまた大阪芸大出身。同じキャンパスで同じ空気を吸って創作に勤しんだ同志を積極的に起用するところに、監督の映画づくりへの思いが見て取れる。そう言えば、胡散臭い女医役をつとめる鈴木紗理奈も大阪出身で、レゲエシンガーとしても活動していたりする。
このコラムで以前取り上げた入江悠監督『日々ロック』ではPerfumeばりの歌とダンスで新世代アイドルを演じていた二階堂ふみは、本作では赤犬のマネージャーという地味な役どころながら、音楽バカのメンバーたちを見事に束ねるカスミを堂に入った存在感で演じている。
劇中のクライマックスで演奏される「ココロオドレバ」とエンドロールで流れる「記憶」は、渋谷すばるのソロ・シングルとして先日リリースされたばかりだ。ポチ男の心の移ろいを綴った「ココロオドレバ」と、映画全体を受けたアンサー・ソングである「記憶」。関ジャニ∞の芸風とはまったく異なるこの両A面シングルを聴くと、おのずと今後の彼のソロ・アーティストとしての活動に大きな期待を寄せてしまう。(文:伊藤隆剛/ライター)
『味園ユニバース』は2月14日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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