【日本映画界の問題点を探る】大企業社員は自分たちの身の安全しか考えていない! 映画バカが訴える「いい子になるな、わがままになれ!」の仕事哲学

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カーマ・スートラ
『カーマ・スートラ/愛の教科書』撮影現場での吉崎道代(右)
カーマ・スートラ
『自転車泥棒』などの名作を世に送り出したイタリアの名匠、ヴィットリオ・デ・シーカ監督(右)と吉崎道代(左)
ジュゼッペ・トルナトーレ
吉崎道代

内向き指向が止まらない日本の惨状、その原因は…

【日本映画界の問題点を探る/世界と渡り合ってきた挑戦者に学ぶ 3/全3回】“伝説の女性映画プロデューサー”と称されている吉崎道代。自身の会社で共同製作した映画『ハワーズ・エンド』(92)と『クライング・ゲーム』(92)で、第65回アカデミー賞で計15のノミネーションと4部門での受賞を果たし、日本の映画人としては最多受賞を誇る。『戦場のメリークリスマス』の全契約を取りまとめ、マイクロソフトとの覇権争いに勝利、今なお精力的に活躍する彼女の経験から学ぶべきこととは? 自伝「嵐を呼ぶ女」を出版した吉崎へのインタビュー。

これまでどんなことがあっても映画の仕事を辞めたいと思ったことは一度もないという吉崎は、自身を「映画バカ」と呼ぶ。とはいえ、その裏では異国の地でシングルマザーとして子育てをしながら映画プロデューサーとの仕事を両立させるためにかなりの苦労もあったのに違いない。

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「映画界だけでなく、女性が子どもを育てながらキャリアを積むのはなかなか難しいので、みんな同じ問題を抱えているのではないでしょうか。私の場合は、映画祭や投資家とのミーティングなどで1年のうち180日ほどは海外に行かなければならないような仕事。しかも未婚の母で両親も日本にいたので、住み込みと通いでベビーシッターを1人ずつ雇って頼るしかありませんでした。ただ、海外ではいろんな援助があり、ベビーシッター代も40%は負担してもらっていたので、日本よりはずっと環境が整っているところはあるかもしれませんね」

日本の映画界では、母親になった女性が仕事を続けられない問題があると長年言われており、これまでに数多くの才能が失われた可能性がある。少しずつ変わり始めてはいるものの、こういった育児支援のシステムは海外からも学ぶべきだろう。

ヴィットリオ・デ・シーカ

『自転車泥棒』などの名作を世に送り出したイタリアの名匠、ヴィットリオ・デ・シーカ監督(右)と吉崎道代(左)

そしてもうひとつ、今の日本映画界がハリウッド同様に変化しなければならない大きな課題と言えば、MeToo運動に端を発したハラスメントに関する問題だ。吉崎自身も当事者であるハーヴェイ・ワインスタインと仕事をしていたことがあり、著書では生々しいやりとりも記されている。

「MeToo運動以降、大きく変わりました。ワインスタインのほかにも意地悪なプロデューサーなど、どんどん訴訟を起こされたので、昔よりもかなり声を上げやすい環境になったと思います。私はすでにある程度の地位が確立されていましたし、芸者の国からきたミステリアスな女性と思われていたのか、幸いにもそういう被害に遭ったことはありませんが、今はちょっとお尻を触っただけでも大変なことになりますよ」

映画作りの環境を改善するために倫理観を重視することは必要だが、感情を揺さぶるはずの映画を目指すうえで、行き過ぎることに対しては危惧する思いもあるという。

ジュゼッペ・トルナトーレ

吉崎道代(右)が日本配給権を買い付けた『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督と(左)

「もちろん規律を決めることは大切ではありますが、倫理通りの映画では面白いものはできません。本のなかでも書いていますが、BBCと組んだ映画では向こうのルールに従っていたらまったく違うストーリーができあがってしまったこともありました。日本の官僚と同じように、大きな会社というのは自分たちの身の安全しか考えていませんからね。そういう問題はありますが、私はすべての要求を聞く必要はないと思ってやっています」

そんななか、日本の映画界に関する思いと外から見た問題点についてもこう訴える。

「本の最終章である『ムービー(映画)の未来像』では、戸田奈津子さんから書いて欲しいと頼まれて今の日本映画界についての考えを書きました。(ドラマも含め)日本は、国際的なマーケットでの韓国ブームを横目で物欲しそうに見ながらも、国内マーケット用の“お茶の間作品”を作っているような状況。江戸時代の鎖国を思い出すほど内向きの映画作りには、寂しさすら覚えてしまいます。そのような無残な状態になってしまった原因は、国からの製作補助金が不足していること。それゆえに、日本のフィルムメーカーたちは製作費をテレビ会社に依存するしかなくなり、彼らのルールに沿った映画作りをしなければならなくなるのです。一方で映画界が活発な国には、潤沢な補助金システムが確立されているものです」

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そして、日本の映画界が世界規模での成功を収めるうえで、いまなおアカデミー賞(オスカー)の力は欠かせないと熱弁を振るう。

「私は是枝裕和監督とはいつか一緒に映画を作りたいと思っています。彼の最高傑作であり、カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドール賞を受賞した『万引き家族』で描いたテーマは素晴らしかったです。ただ、カンヌで賞を獲っても、海外ではフランスを除いてあまり効果がないのが現実です。一方、パルムドールを獲った上にアカデミー賞作品賞をはじめ4部門に輝いたポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』は、全世界興収が266億円(8月現在)。『万引き家族』とは何倍もの差がついてしまいました。それくらいの違いがあるので、私はこれからもオスカーを狙い続けたいと考えています」

そして、最後に日本映画界をこれから背負っていく次の世代に向けて伝えておきたいことがあるという。

吉崎道代

3歳の孫と遊ぶ吉崎道代

「“映画の精髄(せいずい)を理解せず、映画を好きだという心からの欲望もないままでオスカー受賞作を目指すのは浅はかなので、まずは日本社会のぬるま湯から出て、日本と世界の状況を勉強してください。そして、本当にやりたいものを見つけたらブレることなく、シナリオをたくさん書いて欲しいです。その際、海外で当たるかどうかは一切考えず、自分の経験したことや家族との関係など、身近な問題で構いません。そこには必ず何かがあるはずですから。それから、あまりいい子になってはいけませんね。本当に好きなものを見つけたら、わがままになることも必要です。周囲の状況を考慮することも大切ですが、自己検閲せずにいいものを作って欲しいです。たとえばお金がなくても、本当に好きな人と出会ったらどれだけ家族が反対しても、そちらに飛び込んでいきますよね? それと同じことだと思います」(【日本映画界の問題点を探る/世界と渡り合ってきた挑戦者に学ぶ】完)(text:志村昌美)

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