今日から公開の『あん』は、2015年度カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品されたことでも話題の、河瀬直美監督の最新作。すでに30ヵ国以上での配給が決定しているとのことで、河瀬作品の人気は着実に世界的へと広がっているようだ。
ドリアン助川の小説を原作とした『あん』は、河瀬監督の地元の奈良ではなく、東京の東村山で多くのシーンが撮影されている。どら焼き屋「どら春」で雇われ店長として淡々と日々をやり過ごす千太郎を永瀬正敏、突然アルバイトをしたいと店に現れた謎の老女・徳江を樹木希林、店の常連客である中学生のワカナを内田伽羅が演じており、他にも水野美紀や浅田美代子、市原悦子らが脇を固めている。樹木希林と実孫の内田伽羅の共演も本作の話題のひとつだ。
いつカメラが回っているかわからないという河瀬組の撮影現場で、役者たちが発する言葉とその間に流れる沈黙は有機的に絡み合い、音楽を必要としないほど濃密な空気感を作り出す。それ自体は、河瀬監督が一躍映画ファンに知られるようになったカンヌ国際映画祭カメラ・ドール受賞作『萌の朱雀』や同映画祭グランプリ受賞作『殯(もがり)の森』、タイを舞台とした長谷川京子主演の『七夜待』などでも見られた河瀬作品の特徴のひとつだ。
しかし本作では、樹木希林という“触媒”が、役者陣とそれを取り巻く現場に圧倒的な影響をもたらしているように感じられる。(後編へ続く…)(文:伊藤隆剛/ライター)
・【映画を聴く】映画『あん』の世界観に優しく寄り添う秦基博の音楽/後編
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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