『アナーキー』
シェイクスピアの戯曲「シンベリン」を、舞台を現代のアメリカに置き換えて映画化した作品。「シンベリン」はシェイクスピア作品の中ではあまり知られていないが、日本でも数年前に蜷川幸雄演出で上演されている。2000年に、現代ニューヨークの大企業という設定でイーサン・ホーク主演の『ハムレット』を手がけたマイケル・アルメレイダ監督が再びホークと組み、エド・ハリスやミラ・ジョヴォヴィッチ、ダコタ・ジョンソンやアントン・イェルチンなど、ベテランから若手まで実力重視で選んだキャストで取り組んだ。
原作においてブリテン王であるシンベリンは、ここではバイカー軍団にして麻薬組織「ブリトン」のリーダーであり、彼らと抗争状態にあるのがローマ軍ならぬ地元の街“ローマ”の警察だ。シンベリン(ハリス)には美しい娘・イノジェン(ジョンソン)がいる。妖艶な後妻(ジョヴォヴィッチ)との間に生まれた息子(イェルチン)と結婚させるつもりでいるが、イノジェンは幼なじみのポステュマス(ペン・バッジリー)と深く愛し合っている。シンベリンは2人の仲を引き裂き、離れ離れになった恋人たちの愛にさらなる揺さぶりをかける男(ホーク)が現れ、そこにかつてシンベリンに追放されて山奥に2人の息子と暮らす男(デルロイ・リンド)が登場し……と様々なエピソードが絡み合う。
シェイクスピア劇を近現代に置き換える演出は、舞台でも映画でも少なくない。映画ならば、レオナルド・ディカプリオ主演の『ロミオ+ジュリエット』(95年)がまず思い浮かぶ。同作のキャストだったジョン・レグイザモ、ヴォンディ・カーティス・ホールは本作にも出演している。イアン・マッケラン、ロバート・ダウニー・Jr.が出演した『リチャードIII世』(96年)、最近ではレイフ・ファインズが監督・主演した『英雄の証明』(11年/「コリオレイナス」の映画化)も記憶に新しい。
そのどれもがそうであったように、本作も台詞はオリジナルに忠実な韻文多用のもの。シンベリンは現代の麻薬王で革のライダース・ジャケット姿で身のこなしも現代風だが、ただの1度もFワードを使わず、アメリカの発音のまま格調高い英語を話す。ミニスカートのイノジェンも、スケートボードに乗ったポステュマスもだ。しかし、これが難しい。舞台経験が豊富な場合はともかく、映画やテレビで自然な演技を至上としてきた役者たちはかなり苦労している。
そこで真価を発揮するのがイーサン・ホークだ。さすが監督と『ハムレット』を一緒に作っただけのことはある。今回は主役ではなく、物語をひっかき回すクセ者、ヤーキモー役だが、監督の求めるものを最も的確に形にしたのは彼だ。日本語にすれば「〜ござる」みたいな言葉使いの台詞をつぶやきながら、スマートフォンのカメラをいじり、何も知らずに眠っている美女の胸元を盗撮する。現代では誰もしない話し方で状況説明をしながら、ハイテク機器を駆使するアナクロニズム。不自然の極みを、自然に見せるという奇跡をやってのける。この1シーンだけでも見る価値のある芸術だ。ちなみに日本語字幕は現代語で、適宜にガラの悪い調子になっている。
騙し合いと誤解、嫉妬、無垢の愛、とシェイクスピアの名作のエッセンスを凝縮させたクライムサスペンスにしてラブストーリー。話に無理があるのも、台詞に違和感があるのも、ここではむしろ鑑賞のポイントだ。HDビデオで20日間で撮った作品は、創意工夫と役者たちの力演を堪能する意欲作。(文:冨永由紀/映画ライター)
『アナーキー』は6月13日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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