見終わった後、誰かと意見を交わしたくなる1作だ。家族でスキー旅行に出かけた先で雪崩が発生。幸い事なきを得るも、二児の父である主人公のとっさの行動から、楽しいはずの休暇が周囲をも巻き込んだ夫婦の危機に発展する。
主人公・トマスの一家はスウェーデン人。彼は普段は仕事の虫で、その罪滅ぼしに、フレンチアルプスの高級リゾートで5日間の家族サービスを計画した。家庭的な妻・エバと娘は小学校高学年くらい、その弟は低学年くらいだろうか。記念写真を撮り、雪山を堪能して1日目は終了。問題は翌日だ。テラスレストランでのどかなランチタイムに、突然の雪崩が発生したのだ。といっても、これは安全確保のためにスキー場側が人工的に起こすもの。承知のトマスは、恐怖で「パパ!」と金切り声を上げる息子に「大丈夫、大丈夫」ととりあわず、スマホで撮影を始める。が、予想外の勢いで雪崩はこちらに迫り、周囲は一瞬にして雪煙に包まれた。
幸い雪崩の直撃は起こらず、少しずつ視界が開けてきてまずわかるのは、トマスが妻子をその場に残したままいち早く逃げ出していたこと。父親とは家族を守るもの、というのは理想で、突発的事態を前に人は本能に勝てない現実が突きつけられる。そして、大事に至らなかったからこそ、時間の経過と共にトマスのとった行動はエバや子どもたちから厳しく責められることになるのだ。
2日目中盤から3日目、4日目と、トマスは針のむしろに座らされる。最初のうちは「みんな無事だったから」と事を収めようとしたエバは、トマスのあるひと言で態度を急変させ、夫を厳しく追及していく。夫と妻、それぞれが深く悩み、本音をぶちまける相手は現地で合流する旧友や、旅先で知り合った女性だ。自らの不甲斐なさを認めたくない男、夫への失望から自分の正義を押しつけ気味の女、両親の間に流れる不穏な空気を敏感に感じ取り、不安げな子どもたち。よその家庭の揉め事に影響されてギクシャクするカップルも出てくる。いつ我が身に起きてもおかしくないような設定だけに、登場人物たちのリアルな心理描写に引き込まれる。誰に共感するかで、受け取り方が大きく変わる作品だ。
感情むき出しのやりとりの合間に、スキー場の整備シーンやリフト、ドローンなど無機質なものの描写が挟み込まれると、否応なく不気味さと緊迫感が増す。痛いところを突くブラックコメディにして、人間ドラマ。サスペンスの味わいもある本作は第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞に輝いた。
さて、5日間の旅行は家族の絆のアップダウンを描き、収束に向かう……と思わせて、まだまだ試練が続く。男ばかりが責められるという展開でもない。本当に責められているのは“親”というものなのかも。ささやかな反抗をしながらも、まだ親の言うことを聞くしかない年齢の子どもたち2人の姿に、そんなことを思った。(文:冨永由紀/映画ライター)
『フレンチアルプスで起きたこと』は7月4日より公開。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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