『チャイルド44 森に消えた子供たち』
(…前編より続く)この「映画を聴く」というコラムでは、基本的に映画と音楽の関係に触れることがざっくりとしたテーマになっているのだが、この『チャイルド44 森に消えた子供たち』については音楽がそれほど重要な意味を持っていない。と言うより、重要視されているのは“音”そのものだ。
・【映画を聴く】じわじわと緊張を高める「音」が効果的。ドルビーアトモス音声なら魅力倍増なのに…『チャイルド44』/前編
サスペンス/サイコスリラー映画は、ドラマティックに音楽を使って耳で直截的に恐怖感を煽るものと、映像に環境音やサウンドエフェクトを張り巡らせることでじわじわと緊張を高めていくものに大別できるが、本作は明らかに後者に分類される。たとえば『羊たちの沈黙』や『ケープ・フィヤー』、もっと言えば『ジョーズ』のように分かりやすく“コワい音楽”を使うのではなく、背後から静かに近づく足音や唐突な銃声、情け容赦なく猛進する蒸気機関車“ビッグ・B”の金属的な走行音、スターリンの恐怖政治のもとで本音をひた隠す人々の息づかいなどを生々しく聴かせることで事件の進展、ひいては1950年代当時のソ連全体主義体制の硬直ぶりを浮き彫りにしていく。
また本作では、トム・ハーディ扮するレオの、秘密警察のエリート捜査官という立場上封印されていたエモーショナルな正義感が次第に表面に溢れ出てくる様子が克明に描き出されている。そんなレオの行動や発言が妻のライーサや警察署長のネステロフに伝播し、それぞれが本来の自分を取り戻していくのだが、その際の3人の声色の変化も聴きどころのひとつだ。映像と音が等価で、互いをうまく引き立て合うことにより作品の説得力を高める。本作はその好例と言える仕上がりになっている。
ただ、本作の音声は5.1chサラウンドなのだが、現在の劇場の最新トレンドであるドルビーアトモス音声が採用されていれば、見る者をさらに深いところに連れていってくれるのに……とも思う。天井に設置したオーバーヘッドスピーカーに音情報が割り当てられることでリアルな3Dサウンドを実現するドルビーアトモスの規格は、日本では対応できる劇場がまだまだ限られている。しかし本作には、映像が天井方向のサウンドデザインを要求しているようなシーンがいくつも見受けられる。『トランスフォーマー ロスト・エイジ』や『ゼロ・グラビティ』、そして間もなく発売される『アメリカン・スナイパー』といった対応Blu-rayが増えてきたことでホームシアター環境での普及も始まりつつあるドルビーアトモスだけに、本作もBlu-ray化の際にはドルビーアトモス音声の収録を強く望みたいところだ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『チャイルド44 森に消えた子供たち』は7月3日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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