『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』
「サーフィンUSA」「素敵じゃないか」「グッド・ヴァイブレーション」など時代を超えて聞き継がれているヒット曲の数々で知られるザ・ビーチ・ボーイズ。バンドの中心メンバーで、これらの名曲を作り出したブライアン・ウィルソンの半生を描いた『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』には、“ブライアン・ウィルソン公認”というお墨付きがある。それは現在73歳になるブライアンのザ・ビーチ・ボーイズ結成後の人生があまりにも波乱に満ち、さまざまな憶測を呼んだからだろう。
1960年代、ブライアンはバンドの人気絶頂期に表舞台を離れ、ツアー活動はほかのメンバーに任せてスタジオでの音楽制作に専念するようになる。同時期にイギリスから登場したザ・ビートルズの新作『ラバー・ソウル』に刺激され、それを超える傑作を作ろうとさらに作曲・レコーディングにのめり込む彼はやがて精神に不調をきたしていった。映画ではバンドの最高傑作と言われるアルバム『ペット・サウンズ』を生み出したこの時代と、その後にドラッグ濫用などやバンド・メンバーだった弟・デニスの不慮の死でさらに打ちのめされたブライアンが依存した精神科医のユージン・ランディ、そんな日々の中で出会った後に伴侶となる女性・メリンダとの関係を描く80年代を往き来する構成になっている。
理想のサウンドをどこまでも追究していく若き天才をポール・ダノが、精神科医によって洗脳され、抜け殻のようになった中年時代をジョン・キューザックが演じる。姿形もそれほど似ていない2人のトランジションはあまりうまくいってはいないが、1人の人間が別人のように変わり果てる衝撃を描く効果としては成功している。エゴと強迫観念に苛まれた天才、全て指図されてようやく動ける自己喪失の男。それぞれのウィルソンを2人の俳優が渾身の演技で見せる。大量の薬を投与し、行動を厳しく制限してブライアンを支配する精神科医・ランディを演じるポール・ジアマッティは安定の悪辣ぶり、ブライアンが誰なのかもよくわからないまま心を通わせていく気だてのいい美女・メリンダを演じるエリザベス・バンクスも堅実。監督は、アカデミー賞作品賞に輝いた『それでも夜は明ける』やカンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作『ツリー・オブ・ライフ』など名作を手がけたプロデューサー、ビル・ポーラッド。
消防士の格好をしてのレコーディング、自宅の室内に作った砂場にグランドピアノを置いて作曲……など、詳しい知識のない筆者まで聞き覚えのあるエピソードが登場し、父親との確執、ランディとミランダとの一種の三角関係状態など、半ば伝説化していたブライアン・ウィルソンという存在を、劇映画という形で知ることができる作品だ。
凡人の想像を超える域にいる天才と、彼を愛する女性の物語という点で、スティーヴ・ホーキング博士と夫人の軌跡を描いた『博士と彼女のセオリー』を思い出した。大雑把な捉え方にはなるが、ブライアンもホーキングも余人をもって代え難い偉業をなし得たが、妻の存在がなければ生きられなかった天才として描かれる。彼らを支え続けた妻たちの愛とプライドが物語を動かしているようだ。それは頼もしくもあり、微かに恐ろしくもある。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』は8月1日より公開。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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