“健さん”とは一味違う魅力、高倉健の海外出演作にあらためて注目
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海外映画人の心も捉えた日本映画界の大スター、高倉健
【名優たちの軌跡】日本映画史上最大のスターと言って過言ではないその人、高倉健。遺作となった映画『あなたへ』が公開されて10年、惜しまれながらこの世を去って8年が経つ。
1960年代から東映の任侠映画で『網走番外地』や『昭和残俠伝』といった絶大な人気を誇ったシリーズで揺るぎないスターの座を確立し、東映を離れた70年代後半からは海外でもカルト的人気を誇る『君よ憤怒の河を渉れ』(76年)や山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』(77年)、『南極物語』(83年)、『鉄道員(ぽっぽや)』(99年)など、さまざまな作品で寡黙でストイックな男性像を演じ続けた。
・日本人の美しさを体現した高倉健への憧れを吐露『健さん』日比遊一監督インタビュー
“高倉健”というイメージを公私ともに貫いた生涯や人柄については、関係者が語るドキュメンタリー映画『健さん』(16年)が詳しい。一緒に仕事をした監督やスタッフ、共演者、ゆかりのある人々などと並んで、海外作品で一緒に仕事をしたマイケル・ダグラスや映画監督のヤン・デ・ボン、ポール・シュレイダーらが語る高倉健像が興味深い。
そこで今回は、海外の出演作にフォーカスして紹介したい。任侠映画でヤクザというアウトローを演じても、侍のような佇まいを保ち続けた高倉健の魅力は海外の映画人の心も捉え、彼らによって日本の作品とはまた違う側面を披露している。
1970年に初めて海外作品に出演
高倉が初めて海外作品に出演したのは1970年、ロバート・アルドリッチ監督の『燃える戦場』だ。監督が1967年に撮った『特攻大作戦』の大ヒットを受けて製作された作品で、1942年の南太平洋のジャングルでの日本軍とイギリス軍の攻防を描く。高倉は、ジャングルに潜む敵国兵士たちにスピーカーを使って英語で降伏を促す山口少佐を演じている。「寡黙」のイメージが強い高倉は、ここではとにかく饒舌。それも流ちょうな英語を話す。よどみない調子で語り続ける山口は野蛮な悪役ではなく、理性のある敵として描かれる。
劇中からの退場はあっけないが、オープニング・クレジットで「introducing KEN TAKAKURA」と堂々と紹介されるに相応しい活躍だ。ベトナム戦争が激化した時代の作品で、「戦争!それは殺し合いだ!(War. It’s a dying business.)」というキャッチコピーも強烈だ。
タランティーノが絶賛する『ザ・ヤクザ』
1974年には、高倉を第2のブルース・リーに、という期待をかけたハリウッドの任侠映画『ザ・ヤクザ』でロバート・ミッチャムと共演した。名匠シドニー・ポラックが監督を務め、『タクシー・ドライバー』などのポール・シュレイダーと『チャイナタウン』でアカデミー脚本賞を受賞したロバート・タウンが脚本、原作はシュレイダーの弟で後に『太陽を盗んだ男』(79年)の原案と脚本も手がけたレナード・シュレイダーが原作を手がけている。
日本の暴力団に誘拐された旧友の娘を救うために来日した私立探偵をミッチャムが、彼に協力する元ヤクザの田中健を高倉が演じた。
任侠映画における高倉健の美学をハリウッドのフィルターを通して描いた本作は批評家の賛否は大きく割れたが、クエンティン・タランティーノは本作の大ファンを公言し、健の指詰めシーンについて「あの時代のあらゆる映画の中で最も素晴らしいエンディングの1つ」と絶賛している。
『ブラック・レイン』に松田優作らとともに出演
その15年後、リドリー・スコット監督、マイケル・ダグラス主演のサスペンス『ブラック・レイン』(89年)に、大阪府警の松本警部補役で出演した。バブル時代の好景気に沸く日本でも、高倉が演じる松本はやはり実直な男性だ。松田優作が演じた指名手配犯の護送で来日した刑事のニック(ダグラス)とチャーリー(アンディ・ガルシア)と、府警の上層部との板挟みになる悲哀をユーモラスに見せ、チャーリーとクラブでレイ・チャールズを熱唱するなど、生真面目なだけでない素顔をチャーミングに覗かせる。ヒーロー的なかっこよさは主役のダグラスに譲りながら、頼れる相棒という役柄を見事に演じた。
プロ野球チームの監督役でユーモアある一面を披露
『ミスター・ベースボール』(93年)では、アメリカからやって来たメジャーリーガーの強打者を迎えるプロ野球チームの監督を演じた。フィクションだが、登場する球団名は実在のもので、高倉が演じる内山は中日ドラゴンズの監督だ。星野仙一と広岡達朗をモデルとした内山は、読売ジャイアンツに強い対抗意識を持つという設定。分析能力に長けているが、日本の習慣や野球のスタイルに馴染もうとしない主人公のジャック(トム・セレック)と衝突を繰り返す。通訳を介しての会話しかできないと思わせて、実は英語を話せるというシーンもある。やがて両者は日米のカルチャー・ギャップを超えて、互いを理解し受け入れていくコメディ作で、『ブラック・レイン』とはジャンルこそ違うが、この2本では質実剛健な男性がたくまずして見せるユーモアや軽やかさを見せている。
チャン・イーモウ監督作で見せた素晴らしい表情
海外の監督との仕事として最後になったのはチャン・イーモウ監督の『単騎、千里を走る。』(05年)。余命僅かの民俗学者である息子に代わって中国の仮面劇を撮影するために1人中国へと旅する男の物語だ。
数年かけて監督とやりとりしながら脚本が作られ、中国雲南省の麗江で撮影された。単身中国へ渡り、現地のスタッフやキャストに囲まれた状況は映画のタイトルをそのまま表すものだが、この映画の高倉はいつにも増していい表情を見せる。プロの俳優ではない地元の人々も出演していて、現実と虚構が一体となった世界に彼らと存在する高倉は、演技を感じさせない振舞い、抑えながらも感情が迸る様子を素直に撮らせる。余計なものを削ぎ落としていって、本当の美しさにたどり着いた。そんな境地を感じさせる名演だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
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