(…前編より続く)本作『サンローラン』では、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル「I Put A Spell On You」やフランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズ「The Night」、メトロス「Since I Found My Baby」といった当時の流行歌と共に、サンローラン本人が好んだマリア・カラスの「アヴェ・マリア」やワーグナーの交響曲、プッチーニの歌曲などもサウンドトラックとして使用されている。音楽を担当しているのは、ベルトラン・ボネロ監督自身。作曲家としての顔も持つ彼は、先述の『メゾン ある娼館の記憶』でも監督と脚本、音楽を兼任しているが、本作ではニューウェーヴ的な硬質で直線的なビートのオリジナル楽曲なども提供しており、音楽面での色彩感を広げている。
・【映画を聴く】前編/天才デザイナーの“影”の部分に迫った『サンローラン』。監督自身による音楽も充実!
そんな中、ひと際印象的に使われる楽曲が、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「Venus in Furs(毛皮のヴィーナス)」だ。ルー・リード率いるこのグループは、アンディ・ウォーホルのプロデュースにより、1967年にアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』でデビュー。彼らの音楽を聴いたことがなくても、ウォーホルの手がけたバナナのジャケットは見たことがある、という人は多いだろう。
本作では姿こそ出てこないものの、ウォーホルがサンローランの“仮想敵”として重要な役割を果たしている。彼の手がけるモンドリアン・ルックを気に入ったウォーホルが、彼に宛てた手紙の中で“僕達は20世紀後半の2大アーティストだ”とお互いを讃え、“アートではもうやることがないから、バンドをプロデュースする”と、ヴェルヴェッツを手がけた旨を書き伝える。そこで流れる「Venus in Furs」の緊張感と、サンローランの空虚な目つきは、両者の気持ちの落差を端的に表している。今や映画などでは憧れの対象とか絶対的な権威として描かれることが多いウォーホルを、こういった位置づけで立ち回らせることができるのは、サンローランという存在の大きさがあってのことだ。
ファッションに留まらず、ポップ・カルチャー全域に渡って強力な影響力を発信したイヴ・サンローラン。その類い稀な才能の裏側に光を当てることで、『サンローラン』は普通の伝記映画にはないスリルを味わえる衝撃作に仕上がっている。(文:伊藤隆剛/ライター)
『サンローラン』は12月4日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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