『ルーム』
第88回アカデミー賞で、26歳のブリー・ラーソンが主演女優賞に輝いた『ルーム』。誘拐され、監禁された少女が母親になり、息子と2人での脱出とその後の日々を描いている。
物語は、四方を壁に囲まれて天窓1つしかない狭い部屋に朝が訪れるところから始まる。可愛らしい声で、部屋に置かれた家具や洗面台などに「おはよう」とあいさつする男の子・ジャックは5歳の誕生日を迎えた。一緒に暮らすママのケーキ作りを手伝うが、焼き上がったケーキを目にするや、ろうそくがついていないことに気づいて騒ぎ出す。幼児とはいえ尋常ではない逆上ぶり、なだめるママの様子から、母子の置かれた状況が見えてくる。髪は伸びっぱなし、クタクタに着古した服、どこか不健康そうな表情なのはなぜか。観客は映画の冒頭から気になるはずだが、映画は原作小説と同様、それを5歳の男の子の視点を通して語っていく。
生まれてから1度も外に出たことのないジャックにとって、この部屋が世界そのものであり、テレビを見ていても画面に映る世界に現実感はない。優しいママと2人きりの部屋での生活が、ジャックにとっての日常で何の不満もない。ただ1つ、食料や生活用品を持って、週に1度部屋にやって来る男の存在をのぞけば、だ。男が来る夜は、洋服ダンスがジャックの寝床になる。その男、オールド・ニックは17歳だったママを拉致し、7年間監禁し続けていた。
いつまでも続くかと思われた母子の生活は、ママが部屋からの脱出を決断したことで一変する。17歳で突然自由を奪われ、ある時から生き残るために部屋に留まることを覚悟した少女は7年後、やはり生き残るために命がけの脱出を計画する。
母子が部屋から広い世界へ還るまでの息詰まるサスペンス劇が終わると、現実に放り出された2人が社会と向き合う第2章が始まる。両親と再会し、懐かしい家に戻ったママは、そこで改めて失ったものの大きさに打ちのめされるのだ。ジョイという名前を取り戻したこの辺りから、ヒロインを演じるラーソンの演技に引き込まれる。ジャックの母として、両親にとっての愛娘としてだけではなく、ジョイという自分自身と向き合う時、取り戻すことのできない時間と現実の重さに押しつぶされそうになってしまう。その痛みや苦悩は、彼女の抑圧したトーンで演じたからこそ、いっそう強く深く観る者の心に突き刺さる。
7年間の空白の後、突然5歳の孫を連れて帰還した愛娘を迎える両親を演じたジョアン・アレンとウィリアム・H・メイシーも名演だ。彼らによって、母親と父親それぞれの葛藤もしっかりと描かれる。そして何と言っても、ジャックを演じたジェイコブ・トレンブレイが素晴らしい。おさなごの弱さも強さも、新しい世界に順応していく驚異のたくましさも、ごくナチュラルに演じている。
監督は、マイケル・ファスベンダー主演作『FRANK -フランク-』のレニー・アブラハムソン。原作者のエマ・ドナヒュー自らが手がけた脚本をもとに、新しい世界で生きていくジョイとジャックに静かに寄り添うような作品に仕上げた。許し難いことだが、こうした拉致監禁に誰でも巻き込まれてしまう危険は決して少なくない。当事者の気持ちを推し量り、善意の他者としてどうあるべきかを考える助けにもなる一作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ルーム』は4月8日より公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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