突然、友人の指を噛んだ少女は…。ルカ・グァダニーノ監督最新作
【週末シネマ】1980年代のアメリカで、孤独な少女が新しい友情を見つける青春映画……のように始まる『ボーンズ アンド オール』は突然、主人公の少女マレンが友達の指に噛み付き貪るシーンで一変する。『君の名前で僕を呼んで』(17年)、『サスペリア』(18年)のルカ・グァダニーノ監督の最新作だ。
・どこを切り取っても目を奪われる美しさ! 心に刻まれるラスト数分は奇跡/『君の名前で僕を呼んで』レビュー
それは友人宅でクラスメート数人でのお泊まり会の最中に起きた。人を喰べてしまうという生来の本能を自制できなかったことに取り乱し、父と2人で暮らす質素な家に逃げ帰ったマレンを見て、父親は「またか」という様子ですぐに荷物をまとめ、娘を連れて立ち去る。親子はこうして街から街へ流れて暮らしてきたのだ。そしてある日、この生活に疲れ切った父親はわずかな金とマレンの出生証明書、彼女の生い立ちを語るカセットテープを残して、娘の前から姿を消す。18歳でたった1人になり、マレンは母親の消息を追う旅を始める。そこで彼女は自分と同じ秘密を抱える青年リーと出会う。
社会に居場所がない若者たちを描いた優れた青春映画
今はあまり聞かない表現だが、かつて、例えば子どもの可愛らしさを表すのに「食べちゃいたい」という言い方があった。それを聞いて恐ろしいと思った感覚の持ち主からすると、本作の主人公たちの属性は想像を超えるものなのだが、では拒絶反応が起きるかというと、不思議なほど彼らに共感できる。それは本作が優れた青春映画であり、ロードムーヴィーであり、人間ドラマだからだ。
マレンを演じるのは『WAVES/ウェイブス』(19年)で注目されたテイラー・ラッセル、マレンと旅を共にするリーを、『君の名前で僕を呼んで』に続いてグァダニーノ監督作出演となるティモシー・シャラメが演じる。
人を喰べる(カニバリズム)という衝撃的なモチーフは、登場人物たちが人間の体にかぶりつき、口の周りや手を真っ赤に染めた姿で容赦なく生々しく描写される。だが、彼らのことを本来の姿を隠して生きるアウトサイダーとして見ると、そこに様々な寓意が読み取れる。同じ衝動を持つ者と出会い、「自分だけだと思っていた」というマレンの台詞は社会に居場所が見つからないあらゆるマイノリティの言葉になる。
孤独ながらも肩を寄せ合う相手がいるということ
マレンが初めて会う同じ境遇の人物は、老境にさしかかった男性だ。サリーと名乗り、「僕」や「私」でも「俺」でもなく「サリーは」と自称する。羽根のついた帽子をかぶって、マレンに“イーター(喰べる者)”としてのライフハックを教える彼は頼れる存在のようでいて、得体の知れない不気味さがある。『シカゴ7裁判』(20年)などの名優マーク・ライランスが、『レディ・プレイヤー1』(18年)や『ドント・ルック・アップ』(21年)などでも見せた底なしの闇で画面を支配する。
マレンがリーと出会って旅を続ける途中で出会うもう1人のイーター、ジェイクを演じるのは『君の名前で僕を呼んで』でシャラメが演じたエリオの父役だったマイケル・スタールバーグだ。「骨とか全部(Bones and all)」を喰べる経験をする前と後では大きな違いがあると力説するジェイクもまた、妙な人懐こさがある。先輩イーターたちの、相手を不安にさせる距離の詰め方に若い2人、特に女性であるマレンは本能的な危機感を覚えて、彼らを遠ざける。
「愛の世界に怪物は望まれない」と家族からも忌まれ、孤独なマレンとリーが肩を寄せ合い旅を続ける姿には、分かち合える相手がいる救いある。それがいない孤独が人を壊す悲劇をサリーが体現する。
理性と本能の拮抗、孤独、純愛、ラストまで目が離せない
マレンとリーは自分たちが喰べた人物の部屋を訪問する。そこでリーはマレンにロックバンド「KISS」を教える。「地獄の回想」と邦題を言われてもピンとこないが、原題「Lick It Up」ならば、なるほどね、と思う。リーは口ずさみながら恍惚状態で踊る。
グァダニーノの映画で80年代のヒット曲で踊り出すのは決まって、悲しい年長の男だ。『胸騒ぎのシチリア』(15年)のレイフ・ファインズがローリング・ストーンズの「エモーショナル・レスキュー」で、『君の名前で僕を呼んで』ではアーミー・ハマーがサイケデリック・ファーズの「ラヴ・マイ・ウェイ」で踊り狂うシーンを思い出す。本作では葛藤を抱え続けるマレンに比べて、割り切りがあってはるかに老長けて見えるリーがその役割だ。リーの脆さは次第に露わになり、反比例するようにマレンは強く成長していく。
長い旅の果てに2人が行き着く世界はどんな風景なのか。理性と本能の拮抗、孤独、そして純愛が導くラストシーンまで一瞬たりとも目が離せない。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ボーンズ アンド オール』は2023年2月17日より公開中。
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