(…前編「とんでもないポテンシャルを秘めた新人!」より続く)
【映画を聴く】『シング・ストリート 未来へのうた』後編
80年代音楽の“当事者”によるオリジナル楽曲も秀逸
『シング・ストリート』の主人公、コナーの音楽の師匠は、もっぱら兄のブレンダン。彼自身は大学をドロップアウトして引きこもっているが、ロックへの造詣が深く、コナーに“ロックとは”という精神性から具体的な方法論にいたるまで、さまざまな知恵を叩き込む。「デュラン・デュランの音楽は音楽と映像の完璧な融合。独裁者も勝てない」「フィル・コリンズを聴く男に女はホレない」「他人の曲で女を口説くな」など、ブレンダンの言葉はロック的な金言の宝庫で、自室の膨大なレコード・コレクションもその博識ぶりを裏づけている。
そのデュラン・デュランのほか、ザ・キュアー、ザ・ジャム、ザ・クラッシュ、ダリル・ホール&ジョン・オーツ、ジョー・ジャクソンといった面々の80年代音楽が映像を煌びやかに彩る本作だが、コナーの率いるシング・ストリートのオリジナル曲がまた素晴らしい。オリジナル曲の多くはジョン・カーニー監督の作詞、ゲイリー・クラークの作曲によるものだ。
カーニー監督はもともと『ONCE ダブリンの街角で』で主演を務めたグレン・ハンサードとともにフレイムスというバンドに在籍し、ベースを弾いていた人物。自身の劇中歌の歌詞を手がけるのはある意味必然と言える。一方、ゲイリー・クラークは知る人ぞ知るスコティッシュ・バンド、ダニー・ウィルソンのメンバーとして80年代から活動。映画『メリーに首ったけ』にも使われた「Mary’s Prayer」という中ヒットがあり、デビュー当時は“イギリスのスティーリー・ダン”と呼ばれるなど、音楽好きの間で高く評価された3人組だ。
バンドはすでに解散しているが、本作でクラークが手がけた音楽はダニー・ウィルソン時代の彼の音楽を思い出させるアコースティックなものからエッジーなギター・リフとシンセが絡み合ったいかにも80年代的なものまで多彩だ。いずれも80年代音楽の“当事者”という説得力に溢れた楽曲で、若さを見事に言語化したカーニー監督の歌詞ともマッチしている。なお、エンディング・テーマの「Go Now」のみ、『はじまりのうた』に役者として出演していたマルーン5のアダム・レヴィーンによる作曲だ(グレン・ハンサードも共作者としてクレジットされている)。
発売中の本作のサウンドトラック盤は、劇中で発せられるブレンダンの「ロックをやるなら冷笑される覚悟を持て」という作品全体のトーンを象徴するダイアローグから始まる。先に触れたデュラン・デュランらのほか、“反面教師”として出てくるモーターヘッドらの80年代の有名曲にシング・ストリートのオリジナル曲が織り交ぜられたトータル性の高いアルバムに仕上がっているので、一聴をおすすめしたい。
コナーは劇中で自分のやりたい音楽を“未来派”と呼び、「レトロの真逆。後ろを振り返らずに前を見る」と説明する。そういった言葉からも明らかなように、本作は綿密な時代考証の上で作られた、音楽ファンのツボを刺激しまくる作品であると同時に、そんな細かいことはどうでもよくなるほどの“青さ”を真空パックしている。男でも女でも、若くても若くなくても、バンドをやっていてもいなくても、見る者すべての胸を高鳴らせ、甘酸っぱい気分で満たしてしまう、魔法的にサイコーな映画だ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『シング・ストリート 未来へのうた』は7月9日より公開。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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