心を病んだ母への想いを込めて。名匠が描く希望の光と人生賛歌
#エンパイア・オブ・ライト#オリヴィア・コールマン#コリン・ファース#サム・メンデス#マイケル・ウォード#レビュー#ロジャー・ディーキンス#週末シネマ
主人公のモデルは実母、サム・メンデス監督の最新作
【週末シネマ】エンパイア・オブ・ライト、すなわち光の帝国とは何か。この映画において、それは暗闇にさす一筋の光が映し出す世界を皆で見て、見知らぬ同士までもがそれを共有する美しい空間……映画館だ。
『007 スペクター』(15年)や第92回アカデミー賞で撮影賞など3冠の『1917 命をかけた伝令』(19年)のサム・メンデス監督が、『女王陛下のお気に入り』(18年)でアカデミー主演女優賞を受賞したオリヴィア・コールマンを主演に迎えた本作は、監督にとって初の単独脚本を手がけた作品でもある。
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舞台は1980年代初め、イギリス南東部の海辺の静かな町マーゲイトにある映画館、エンパイア・シネマだ。映画館に勤める主人公のヒラリーはメンデス監督の母親がモデルだという。マネージャーとして映画館を切り盛りするヒラリーだが、実は心のうちに辛い闇を抱えていることが次第に明らかになっていく。
オリヴィア・コールマンが感情の揺れを見事に表現
『ファーザー』(20年)、『ロスト・ドーター』(21年)でもオスカー候補になったコールマンが、本作でノミネートされなかったことは信じ難い。気難しい客にも笑顔で接し、そつなく仕事をこなす女性が見せる微かな綻びが、やがて大きな傷口に広がっていくまでのグラデーション、その過程で繰り返す激しい感情の揺れの表現が見事だ。監督は「母の心が壊れつつあったことは私の人格形成に大きく作用したと思う。その記憶の多くをヒラリーに投影した」と語っている。
ある日、エンパイア劇場に新しい従業員がやって来る。将来の夢を諦めて職に就いたスティーヴンはアフリカ系で、ハンサムなうえに親しみやすく、職場にもすぐ馴染む。演じるマイケル・ウォードは2020年に英国アカデミー賞ライジング・スター賞を受賞し、今年は本作で助演男優賞候補にもなった。
ヒラリーが先輩として仕事の心得を教えるうち、互いの距離は少しずつ縮まり、2人は心を通わせていく。彼らの物語に寄り添うのがエンパイアという特別な場所だ。リゾート地の大劇場は豪華な内装を誇るが、すでに寂れて一部は閉鎖され、荒れ放題の屋内に鳩が飛び交っている。そこで働く者にとっては日常であると同時に、非日常の場ともなり、ありきたりではないラブストーリーを描くのにふさわしい。
独特の空間を美しく画面に切り取るのは、『1917 命をかけた伝令』で2度目のオスカー受賞を果たした名撮影監督ロジャー・ディーキンスだ。彼は本作でも第95回アカデミー賞にノミネートされている。
人種差別、精神の病、つらい境遇の人々を温かく迎える映画館
メンデス監督が16歳だった1981年というと、イギリスでは「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャー首相の政権発足から2年経ち、ドラスティックな改革が失業率上昇を引き起こし、社会に不満が渦巻いていた。その矛先が向けられるのは外国人や有色人種であり、移民の息子であるスティーヴンも街を歩くだけで白人の若者にからまれる。いわれない差別に晒されるスティーヴンや、辛い過去で精神を病むヒラリーにとって、エンパイアは彼らを温かく迎える同僚のいる場所だ。
名バイプレイヤーのトビー・ジョーンズやトム・ブルックらが着実な演技で市井の人々の優しさを見せる。一方、有害な男らしさの典型のような映画館支配人のエリスをコリン・ファースが演じている。そしてどのキャラクターも、長所だけでも短所だけでもない深みがある。
本作はパンデミックのロックダウン下で製作が始まった。人と人が対面することさえ憚られ、映画館が休業を余儀なくされた時期に、人が集うことの大切さを伝えようと紡がれた物語だ。映画という魔法を駆使して、魔法の起きる光の帝国とそこに生きる人々を描く美しい世界を、ぜひ映画館で体感してもらいたい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『エンパイア・オブ・ライト』は2023年2月23日より全国公開中。
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