(…中編「6位〜4位/小林武史とakkoのDNAを引き継いだ17歳〜」より続く…)
【映画を聴く/番外編】2016年ベスト10・後編
死に片足を突っ込んだような非現実感が印象的
●第3位:グランドフィナーレ
『キャロル』と同じくアカデミー賞にノミネートされた(主題歌賞)は、パオロ・ソレンティーノ監督ほか、撮影監督のルカ・ビガッツィ、美術のルドヴィカ・フェラーリオ、音楽のデヴィッド・ラングらがそれぞれにキャリア最高の成果を上げた贅沢な逸品。アルプス山脈のふもとにあるセレブ専用リゾートホテルで“終活”やリハビリに勤しむ作曲家、映画監督、映画スター、スポーツ選手らを描いた群像劇。なんて言われても普通にはなかなか感情移入しにくいものがありますが、舞台となったホテルはもともとサナトリウムだったという施設を改築したダボスのスパらしく、そこはかとなく死の気配が漂う無機的な養護施設という感じ。身体半分はそちら側に突っ込んでいるいるような非現実感が映画に特別なトーンをもたらしています。NYの現代音楽家、デヴィッド・ラングによるオリジナル曲が、劇中でドビュッシーやストラヴィンスキーの曲と違和感なく溶け合い、作品の風格を引き立てていて、その質の高さには驚くばかりです。
●第2位:イエスタデイ
1967年のノルウェーでビートルズに憧れてバンドを始めようとする少年たちを描いた青春映画『イエスタデイ』は、タイミング的に残念ながら取り上げることができなかったのですが、いかにも“中二病”な主人公が恋にほだされて中途半端ながらも夢を追いかける姿が愛らしい佳作。映画ではなかなか許可が下りにくいと言われるビートルズのオリジナル・ヴァージョンが、劇中で何曲もかかるのも贅沢です。また、ビートルズという“正史”の影で生まれた無数のエピソードのひとつを見るという意味で「ローグ・ワン」的な楽しみ方もできる作品です。音楽はノルウェーが生んだ大スター、a-haのマグネ・フルホルメンが担当。青春映画然としたキラキラした映像には一聴すると似つかわしくないようなダウナーなビートルズのカヴァーなどを提供しています。彼によるオリジナル劇中歌と「Yesterday」のカヴァーを収録したドーナツ盤が付属する前売券が発売されるなど、なかなかマニア心のわかったメディア展開も個人的に嬉しかったです。
●第1位:シング・ストリート 未来へのうた
1位はもうぶっちぎりでジョン・カーニー監督の『シング・ストリート』。昨年は『はじまりのうた』も公開され、2年連続でカーニー監督作品を見ることができました。題材としては『イエスタデイ』と同じで、モテたいがためにバンドを組む男の子たちの話ですが、こちらの時代設定は1985年のダブリン。MTV時代らしく、主人公たちはMVの制作を前提に活動します。自身もバンドマンだったカーニー監督の半自伝的な作品ですが、劇中で流れるオリジナル曲の素晴らしさが作品を力強くバックアップしています。音楽を担当したゲイリー・クラークは、知る人ぞ知るスコティッシュ・バンド、ダニー・ウィルソンのメンバーとして80年代から活動するベテラン。自分以外の誰かと音を重ねるバンドの喜びを見事にすくい取った楽曲群はとにかく名曲揃いで、サントラの好セールスも大いに納得です。オーディション当時14歳の新人だった主演のフェルディア・ウォルシュ=ピーロも現在は16歳。若い頃のイアン・マッカロクとポール・マッカートニーとポール・ウェラーのいいところを持ち寄ったようなその風貌を生かし、いいキャリアを重ねてくれればと期待しています。
今回はドキュメンタリーやライヴものは除いてのベスト10としましたが、『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years』をはじめ、そっち方面もかなり賑やかだった2016年。『シン・ゴジラ』も『君の名は。』も『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』ももちろんよかったですが、そういった話題作、大作の影に隠れがちな良作を来年も積極的に紹介していきますので、ひとつよろしくお願いします。(談:伊藤隆剛/ライター)
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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