長い手足を投げ出すようにカウチに仰向けになっている少女。バルテュスの絵画を思わせるポーズをとるモデルの撮影風景から始まる『ネオン・デーモン』は、スター・モデルの道を歩き始めた16歳の少女をヒロインに据え、美醜を中心に回るきらびやかで毒々しい世界を描く。『ドライヴ』でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞したデンマーク出身のニコラス・ウィンディング・レフン監督の最新作だ。
・エル・ファニングら美女同士が下着姿で意地とプライドぶつけ合う!
メイクや衣装を取り去ると、カメラの前で見せる扇情的な表情とは正反対のナイーブな素顔になる主人公ジェシーは、田舎からロサンゼルスに出てきたばかり。撮影現場でも勝手がわからず居心地が悪そうだが、持って生まれた美しさですぐに頭角を現し、たちまち売れっ子になっていく。不慣れな彼女を鼻で笑っていた先輩モデルたちは脅威を覚え、嫉妬を募らせていく。ストーリー自体は直球のバックステージものだ。
ジェシーを演じるのは『マレフィセント』で透明感あふれるオーロラ姫を演じたエル・ファニングだ。撮影当時、ジェシーと同じ16歳だった彼女は、身長はすらっと高いが、いわゆるモデル体型ではない。先輩モデルの1人を演じるアビー・リーは実際にスーパーモデルであり、2人が並ぶと骨格からして違うことがわかる。それでも、ではどちらがヒロインにふさわしい華があるのかと言えば、それは圧倒的にエル=ジェシーなのだ。そのことは劇中でしのぎを削る誰もが知っている。
どうしても手に入らないものが目の前に突きつけられたら、どう反応するのか? 反対に、自分が「持ってる」という事実に気づいた瞬間、人はどう変わるのか? これは美に限定される話ではなく、誰の身にも置き換えることも可能だ。暗闇の中でピカピカ光る人工の光、作り物の輝きに目がくらむ怪しげな世界に飛び込んだ天然美少女はどんどん汚され、可愛らしいまま傷んでいく。強烈な妬みの対象になることで、野心が目覚める。無垢の美が消えていく様に、もののあはれという言葉が思い浮かぶ。美は儚く、汚れやすい。
前作『オンリー・ゴッド』でやりたい放題だったレフンだが、主演のエルが未成年だったので表現に制約が生じ、よりこちらの想像力を刺激する見せ方になっている。人工美に支配される物語の中で異彩を放つのは、ジェシーが拠点にしている古びたモーテルだ。きらびやかな仕事場とのギャップが凄まじく、窓から侵入したクーガーが部屋を荒らし、キアヌ・リーヴスが演じる支配人の粗暴さも恐ろしい。描写の1つ1つが象徴的で、あけすけに全て形にしてしまうより、よっぽど刺激的だ。一方で、まさに相手を喰い尽そうとする美女たちの妄執をグロテスクに描き切る。飽きっぽい大衆にすぐ次を求められてしまう、究極の消耗品たちが永遠の美を追い続ける。その矛盾に不思議と引き込まれる怪作。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ネオン・デーモン』は1月13日より全国順次公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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