これまでに7枚のサウンドトラックと数多くのテーマ曲などを制作
【YMOと映画音楽】その3:細野晴臣
50年以上の音楽キャリアを重ねてきた細野晴臣。しかし、ソロや各種バンド/ユニットで発表してきた膨大な作品群に比べると、映画音楽の仕事はそれほど多いわけではない。サウンドトラックがCDやLPとしてリリースされている作品に限って言えば、1985年の『銀河鉄道の夜』と『パラダイスビュー』、1987年の『紫式部 源氏物語』、2005年の『メゾン・ド・ヒミコ』、2008年の『グーグーだって猫である』、2019年の『万引き家族』、2020年の『Malu 夢路』の7枚である。
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もっとも、これは『戦場のメリークリスマス』から近日公開予定の『怪物』まで、生涯で40枚以上のサウンドトラックを残した坂本龍一と比べれば多くないというだけで、自作自演を基本とするアーティストがその合間に手がけた数としてはなかなかの量だと思う。それに加えて、1974年の『宵待草』や2016年の『モヒカン故郷に帰る』、2021年の『彼女』まで、テーマ曲や挿入曲のみの提供や、1982年の『人形劇 三国志』などテレビドラマへの提供もあるので、実際的な映像作品との関わりは多岐にわたっている。
アニメ映画『銀河鉄道の夜』とタイタニック号の関係
これらの作品群のうち、映画音楽家としての細野晴臣の代表作といえば、やはり宮沢賢治の童話をアニメ化した1985年の映画『銀河鉄道の夜』ということになるだろう。細野にとって初めての映画のサウンドトラックであり、今となってはYMO散開後に細野が立ち上げたノンスタンダード・レーベルを代表する一枚でもある。2018年に『銀河鉄道の夜・特別版』としてCD2枚組/全39曲の拡大版で再発されており、現在は各種サブスクでも全曲が聴けるようになっている。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』には、1912年4月10日に起こった豪華客船タイタニック号の沈没事故について触れた箇所があり、それはこの映画版にも反映されている。主人公の少年ジョバンニが乗る銀河鉄道に途中から乗り合わせた家庭教師の青年が「氷山にぶつかって沈んだ船」の話をするシークエンス。そこでかかる音楽は「主よ、みもとに近づかん〈讃美歌(プロテスタント)320番〉」で、沈みゆくタイタニックの船内で楽団によって実際に演奏され、歌われた楽曲だと言われている(諸説あり)。サウンドトラックでは、細野晴臣の音楽的パートナーであるコシミハルらが歌ったテイクにラジオのノイズを重ねた音源が収録されている。
タイタニック号唯一の日本人乗客だった細野正文氏の孫にあたる細野晴臣は、『銀河鉄道の夜』の音楽のオファーが来たとき、やりがいと同時に因果を感じたという。メイン・タイトルやエンド・テーマ、先の「主よ、みもとに近づかん」を含め、本作のサウンドトラックに収録される楽曲が粒揃いなのは、細野自身の思い入れの強さを物語っている。
はっぴいえんどの楽曲を収めた『ロスト・イン・トランスレーション』
もうひとつ、本人が音楽を書き下ろしているわけではないが、「細野晴臣と映画」という意味で忘れられない作品がある。ソフィア・コッポラ監督/スカーレット・ヨハンソン出演の2003年作品『ロスト・イン・トランスレーション』だ。
東京・渋谷周辺を舞台にしたこの映画のサウンドトラックには、はっぴいえんど「風をあつめて」が収録されている。これは映画のミュージック・スーパーバイザーを務めたブライアン・レイツェルが、交流のあったコーネリアスの小山田圭吾に「少し前の時代の日本の音楽を教えてほしい」とリクエストして教わった楽曲のひとつだったという。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやジーサス&メリーチェインといったノイジーな80~90年代のオルタナティヴ音楽とともにサウンドトラックに収録された「風をあつめて」は明らかに異質ではあるが、劇中ではとても印象的なシークエンスで使われている。
細野晴臣と小山田圭吾はこの時期から交流を深め、小山田はのちに再始動したYMOでもサポート・ギタリストとして欠かせない存在になる。また、2010年代以降はマック・デマルコやヴァンパイア・ウィークエンド、アヴァランチーズ、ハリー・スタイルズなど細野からの影響を公言する海外ミュージシャンが増えていくが、もしかしたら本作はその遠因のひとつと言えるかもしれない。
是枝裕和監督の2018年作品『万引き家族』で日本アカデミー賞最優秀音楽賞、アジア・フィルム・アワードで最優秀作曲賞を受賞。2019年にはデビュー50周年を記念したドキュメンタリー映画『NO SMOKING』が、2021年にはアメリカでのソロ公演を収録したライヴ映画『SAYONARA AMERICA』が公開された。そして2020年、日本とマレーシアによる共同製作映画で、永瀬正敏や水原希子が出演する『Malu 夢路』の音楽を担当。2010年代後半以降、細野晴臣と映画の関わりはグッと近くなっているようで、サウンドトラックにソロ作品に、まだまだたくさんの音楽を聴かせてほしいと思う。(伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
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