是枝裕和監督、10回目のティーチインイベントに登場!観客から鋭い質問が飛び交い大盛況
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監督自身も理解できないまま脚本の通りに撮影し、本編に収録したシーンも
是枝裕和監督が、東京・錦糸町のTOHOシネマズ錦糸町楽天地にて行われた映画『怪物』上映後のティーチインイベントに登壇、観客からの質問に答えた。是枝監督は公開後も各地の劇場を巡り、こうしたティーチインやトークセッションを精力的に行なっており、この日で10回目となる。なお、今回の上映は日本語字幕付きで行なわれ、ティーチインは手話通訳付きで実施された。
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本作は長野県の諏訪湖のほとりの街で撮影が行われたが、是枝監督は商業映画監督デビュー前にドキュメンタリーを撮っていた頃、同じ長野県伊那の小学校の児童たちの姿を撮影していたことがある。この頃の思い出や経験が本作に影響を与えているかと尋ねられた是枝監督は、「東京で映像の仕事を始めて1年ぐらい、いわゆるアシスタントディレクターをしていたんですが、つらくて(仕事に)行けなくなっちゃって、長野の小学校に勝手に通い始めたんです。そこが癒しの場所でした」と述懐。その経験が「結果的に自分の出発点になった」と明かす。
そして「『誰も知らない』という映画は2004年なので、伊那小の撮影から15年くらい経っているんですけど、たまたまあの映画をドイツで観てくれた当時、伊那小学校の児童だった人がメールをくれて『話は全然違うけど、映画の中の子どもたちが自分たちが撮られている時と同じ感じがしました』と言ってくれました。やっぱりどこかでつながっているんだと思います」と感慨深げに語る。
続いて、今回の映画の中に登場するハートの形に手足がついた“怪物”のイラストは誰が描いたのかという質問が出たが、これは湊役の黒川想矢が自ら描いたもの。基本、劇中で湊と依里(柊陽太)が描く絵は2人に任せたが、「柊くんが絵を描くのがキライで(笑)、ほぼ黒川くんに任せっきりでした。黒川くんは絵も工作もすごく上手で、(劇中の)自分の部屋の勉強机の上に、秘密基地の青い車両が置いてありますが、これも頼んだわけではなく『台本を読んで自分で作ってみました』と言って持ってきてくれたので『いいね。飾ろう!』となりました」と明かした。
観客からは永山瑛太が演じた保利先生のキャラクターや行動に関する質問が次々と飛び出す。第1章では観客の目に、湊をいじめる暴力的な教師に映る一方、第2章ではまた異なる視点でそのキャラクターや個性が浮かび上がってくるが、ひときわ目を引くのが、学校に乗り込んできた湊の母親・早織(安藤サクラ)への謝罪の場で突然、飴をなめ始めるという異様な行動。
それについて是枝監督は「第2章でのデート中に恋人(高畑充希)が飴をくれるんですよね。『こういう時こそ飴で落ち着かないと』と。それをそのまま実行に移してるんですけど、それが彼をより窮地に追い込んでしまうんですね。一番、率直に自分のことを見てくれている彼女だし、信頼してたんですよね」と説明。
登場シーンが多いわけではないが、この高畑が演じた保利先生の恋人についても言及。本の誤植を探すのが趣味という保利に対し、恋人がそんな趣味はやめるようにと言うシーンがあるが「最終的に(誤植探しの趣味が)保利先生が子どもたちの作文から、湊と依里の2人の関係性に気づくきっかけになってるんですよね。良くも悪くもあの恋人はすごく大事で、保利先生の人生に影響を与えているんですよね」と語る。
保利の人物像に関しては、実際に教育現場で働いていた経験を持つという観客から「良い先生だなというところと、ちょっと抜けていて保護者が『心配よね』と思うところが両立していて、子どもたちのいじめを見抜けないところも見事すぎて驚きました!」という絶賛の感想が寄せられた。
この人物像は脚本の段階で完成していたのか、それとも現場でできあがっていったのか、という問いに、是枝監督は「これは坂元(裕二)さんの本と瑛太くんですね。瑛太くんに決まったところで、坂元さんの脚本の解像度が一気に上がって『こういう人』というのがクリアに僕らにも届いてきました。瑛太くんにあて書きになっていて、瑛太くんも『これを坂元さんが自分にあて書きするということは、どういう人物の提示を求められているか?』というのにブレがなくて見事でした」と坂元と瑛太さんに称賛を送る。
また、湊の母・早織の勤務先がクリーニング屋である点について、『万引き家族』(18年)『ベイビー・ブローカー』(22年)の設定と重なるが、この点については「たまたまです(笑)。でも、坂元さんも僕もクリーニング屋さんが好きは好きなんですよね。坂元さんはカウンター越しのやりとりが好きっておっしゃっていて、僕はアイロンをかけたり、蒸気の音だったり、仕事の音が好きなんです」と語る。そして、今回舞台になったクリーニング屋について「下見に行ったら奥に洗濯物を上げる旧式のエレベーターがあって、あれが気に入っちゃいました」とエピソードを明かした。
湊の母親がゴマ油をコンビニに買いに行くシーンで、湊が床に落ちた消しゴムを拾おうとしたまま、母親が家に帰ってくるまで同じ姿勢でい続けるという謎めいた描写がある。このシーンについて是枝監督は「あれは(坂元さんの)脚本通りなんです。なんでか、わかんないんですよね…」と監督自身も謎のまま撮影し、本編にも入れたと明かす。
「でも『これ、なんでか、わかんないんですよね』と坂元さんに聞いちゃいけないシーンだって思ったんです。『ここは要らないんじゃないですか?』と話し合って消えていくシーンはいくつかあったけど、あのシーンに関しては、わかんないけど、絶対に要るなと思いました。なぜかはわからないんだけど。たぶん、早織さんもわかんないと思うんです。ただ、もしかすると30分くらい、自分の息子は全く同じ姿勢で消しゴムを拾おうとして固まってたかもしれないっていうのは、相当ゾッとするなと思うし、そこで母親が息子に対して違和感を感じられればいいんだと思いました」と説明する。
このシーンに加え、田中裕子演じる校長がスーパーで子どもをわざと転ばすシーンについても、是枝監督は「僕もよくわからないけど、重要なシーンで、非常に心に残ってしまうんですね」と語っていた。
劇中、湊の母親が悪意なく“普通の結婚”を望む言葉を発したり、保利先生の口にする「男らしく」「男のくせに」と口にするなど、気づかぬうちに何気ない言葉や行動で誰かを傷つける“加害者”になってしまう状況が描かれている。こうした描写を踏まえ、日ごろから表現をする上で意識していること、気をつけていることを聞かれた是枝監督は「Twitterをやめたんですよ」と語り、「感情に任せて140字(=ツイート)に反応してしまうと、それである程度、発散できてしまうんですね。そうやって反射的に感情をぶつけるのをいったんやめてみようと思ったんです。一度、飲み込んで時間をかけるということは、ものを作るときはしているはずなので(普段から)そうやって時間をかけようと。(他者のツイートを)見ちゃって『いや、違うよ』と思うと、ついつい言いたくなってつぶやいてしまうんですよね(苦笑)。『違うよ』という気持ちはエネルギーにもなるので、大事な時もあるんですけど、小出しにしてしまうと自分の中に(エネルギーが)溜まっていかないんですね」とその理由を説明した。
また、ラストシーンの解釈を巡って、嵐の前にあったはずの“塀”がなくなっていることについて質問が飛ぶと、「2人が向かっていく未来を遮るものは何もないということが明快になるといいなと思ってました。理屈としては台風が(塀を)吹き飛ばしたのだってことで済まそうと(笑)。脚本に『走って行く』とは書かれていたけど、その先に塀があっていいのか?というのが気になっちゃって…。ラストについて『いろんな解釈が可能です』とはあまり言いたくなくて、僕らとしては明快な形にしたつもりで、2人が自分を肯定できて、自分たちのまま生きていくように見せたいと思いました。そういう結末にするとき、あの塀はいらないなと。ただ、危ないと思って行政が塞いでいるあの塀を撮影のために外せとは言いにくかったんですが(笑)、言ったら外してくださって感謝してます」とハッキリとその意図を明かしてくれた。
予定されていた40分のティーチインはあっというまに終了。是枝監督は「今回の映画、決してわかりにくくしたつもりはないんですけど、いつにも増して(ティーチインでの)質問が多いんです。すごくたくさん手が上がりますし、観た後に話したくなる映画だと思います。それは映画を作った側としてはすごく嬉しい反応です」と嬉しそうに語り、「話し足りない人は、ぜひ隣に座っている見知らぬ人と、この映画の話をしながら帰っていただけると、それはそれで素敵な時間になると思います(笑)」と提案。笑いと拍手に包まれてティーチインは幕を閉じた。
映画『怪物』は公開中。
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