【週末シネマ】『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』
ソフィア・コッポラが昨年のカンヌ国際映画祭で、女性として56年ぶりに監督賞を受賞した『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』。19世紀、南北戦争下のアメリカ南部ヴァージニア州を舞台に、女子寄宿学校の教師と生徒たちが敵側・北軍の負傷兵を匿って治療したことから始まる耽美な心理劇だ。
・『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』ソフィア・コッポラ監督インタビュー
南北戦争末期の1864年、寄宿学校の生徒エイミーはキノコ狩りに出かけた森で負傷した北軍の兵士マクバニーに出くわす。エイミーが歩行もままならない彼をなんとか学園に連れ帰ると、園長のマーサと教師のエドウィナは困惑しながらも、敬けんなキリスト教徒らしく彼を介抱し、回復するまで世話することを決める。学園にはマーサとエドウィナ、家に帰れない事情のある生徒5人だけが残っていた。
手負いのマクバニーは南部の女性たちに対して敵がい心を持つどころか、親しみをもって接する。誰にでもいい顔をする彼に対して、男子禁制の環境で生活していた7人全員が女として反応、彼を意識し始めるのだ。ちょっとしたおしゃれをしたり、早熟な生徒アリシアは積極的モーションをかけたり、浮き足立つ彼女たちをたしなめるマーサ自身も、傷の手当てのためにマクバニーの体に触れることで胸が騒いでいるのが見てとれる。
誰もが「自分こそが彼の一番のお気に入り」と思っている間は、まだ平穏だった。だが、ある夜に事件が起きる。
トーマス・カリナンの原作を最初に映画化したのは、ドン・シーゲル監督、クリント・イーストウッド主演の『白い肌の異常な夜』(71)だが、これは女の園に幽閉されたマクバニー(イーストウッド)の側に立つ徹底的な男目線の映画。それに対してコッポラはニコール・キッドマン(マーサ)を中心に、キルステン・ダンスト(エドウィナ)やエル・ファニング(アリシア)といった過去作で主演を務めたお気に入り女優たち、ウーナ・ローレンス(エイミー)やアンガーリー・ライスといった将来が楽しみな10代の女優たちを揃えて、戦時下で孤立し、宗教的に抑圧された境遇に生きる女性たちの物語として描いた。
7人の心を翻弄するマクバニーを演じるのはコリン・ファレル。外見はひげ面でワイルドだが、女性への接し方は非常にソフト。男性に対して免疫のない少女たちも警戒心を持たずに近づき、気づけば彼のフェロモンにやられている、という展開の説得力は、女性監督ならではの演出ではないだろうか。
異分子の登場によって、心をかき乱された女たちがどう反応し、どんな決断を下すのか。厳しく律する姿勢を崩さないからこそ、その下に隠された激情を想像させる。その醜さをはらんだ美しさは何とも恐ろしい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』は2月23日より全国公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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