ゆっくりと、だが着実に理想へと進んでいくハリウッド/アカデミー賞授賞式を振り返る

左からサム・ロックウェル、フランシス・マクドーマンド、アリソン・ジャネイ、ゲイリー・オールドマン/俳優賞受賞の4人(アカデミー賞公式サイトより)
左からサム・ロックウェル、フランシス・マクドーマンド、アリソン・ジャネイ、ゲイリー・オールドマン/俳優賞受賞の4人(アカデミー賞公式サイトより)

3月4日(現地時間)、ロサンゼルスで開催された第90回アカデミー賞。ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』が作品賞、監督賞など最多4冠に輝き、日本人アーティスト、辻一弘のメイクアップ&ヘアスタイル賞受賞(『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』)もあった。

[動画]ゲイリー・オールドマンがオスカー受賞の辻一弘について語る/『ウィンストン・チャーチル』インタビュー

授賞式の司会は昨年に続いてジミー・キンメルが務め、まず最初に「今年は名前を呼ばれても、すぐに席を立たないでください」と昨年のフィナーレで起きた作品賞誤発表の自虐でスタート。受賞者名が書かれた封筒の渡し間違いが原因の珍事だったが、巻き込まれた昨年のプレゼンターであるウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイのコンビも異例の再登板。今度は無事に役目を果たした。

1月のゴールデン・グローブ賞、2月の英国アカデミー(BAFTA)賞の授賞式では出席者の装いの大半が黒だったことが話題になったが、これは昨年10月にハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ告発記事に端を発した「MeToo」「Time’s Up」運動への連帯を示した行動。オスカー授賞式のレッドカーペットにはカラフルなドレスが戻ったが、「Time’s Up」のピンをつけたり、それ以上に授賞式の演出やスピーチに、多様性(diversity)と包摂(ほうせつ/inclusion)というキーワードがはっきり見て取れた。

キンメルはオープニングのモノローグではっきりとワインスタインの名前を出し、「世界中が注目しているのだから、規範を示さなくては」と明言。ステージ上の大きなオスカー像を指して、「ハリウッドで最も愛され、尊敬されている男です。それには立派な理由がある。必ず両手が見えるようにしているし、暴言も吐かない。そして何よりペニスがない」「この街にはこういう男性がもっと必要なんだ」とジョークまじりに、男性優位でセクハラ横行のハリウッドを批判。

授賞式中盤には、アシュレイ・ジャッド、サルマ・ハエック、アナベラ・シオラが揃って登場。ワインスタインからセクハラを受け、抵抗したことでキャリアを妨害されたことを実名告白したこの3人をはじめ、映像出演のミラ・ソルヴィーノらに発言の場が設けられた画期的な演出もあった。

ハリウッド最大の式典であるアカデミー賞が近年無視できなくなっているのがアマゾン・スタジオなど、ネット配信も行うメディアの製作映画だ。現時点では賞の対象作の条件に劇場上映作品を掲げているが、映画界は大きな過渡期を迎えている。そこで、今年は授賞式中にキンメルがマーク・ハミルやガル・ガドット、ルピタ・ニョンゴや、発表を待つ候補者のマーゴット・ロビーやデル・トロ監督を連れて、近くの映画館チャイニーズシアターを突然訪問し、お菓子を配るというサプライズを敢行。わざわざ劇場に足を運んで映画鑑賞する観客に感謝を示した。

授賞については、俳優賞は主演・助演の男女優とも下馬評通りの結果だったが、作品賞については『シェイプ〜』と『スリー・ビルボード』がまさに拮抗していた。

後者はこれまで、フランシス・マクドーマンドが主演女優賞、サム・ロックウェルが助演男優賞と俳優賞をほぼ制覇し続け、めでたくアカデミー賞も受賞。オスカーの行方を占う賞として重視される全米俳優組合(SAG)賞もこの2人が受賞したことから、投票権のある会員(7,258名)の中で俳優支部が最大(1,218名)を占めるアカデミー賞でも『スリー・ビルボード』が制覇するのでは、という予想も少なくなかった。

アメリカ社会が抱える問題を鋭く突いた同作の監督・脚本のマーティン・マクドナーはイギリス人。2月に発表された第71回英国アカデミー(BAFTA)賞では、監督賞こそデル・トロ監督に譲ったものの、作品賞、主演女優賞、助演男優賞、脚本賞、英国映画賞の5部門を受賞した。翻って、アメリカではマクドナーの描く現代アメリカ像には反発があったのかもしれない。6部門7ノミネート(助演男優賞でWノミネート)を果たしながら監督賞候補に入らず、結果的に受賞は俳優2人のみ。脚本賞を受賞したのは、やはりアメリカ白人社会の闇をアメリカの黒人の視点から描いたホラー作『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール監督だった。

しかし、授賞式のスピーチで最も注目されたのは、やはり主演女優賞に輝いたフランシス・マクドーマンドだった。前哨戦で、黒ドレス一色の中で敢えて違う色を着たり、女性たちの団結に支持を表明しながらも一歩引いた立場を貫いてきた彼女だったが、ついにゴールを迎えた賞レースでのスピーチでは、最前列に座っていたメリル・ストリープ以下、各賞の女性候補者たちに「私と一緒に立って」と促し、女性映画人たちの映画製作環境の厳しさとその改善を訴えた。そして最後に「今日、みなさんに置いていきたい2語があります」と言って一呼吸おいて放った言葉は「inclusion rider(包摂条項)」。並み居る業界人も聞きなれず、きょとんとしてしまったこの言葉は、マクドーマンド自身もつい先日知ったという。映画などに出演する際、撮影環境に多様な人々を参加させる包摂(inclusion)の条項(rider)の追加を要求し、女性やマイノリティをスタッフキャストの50%以上採用してほしい」と要請するもの。マクドーマンドは「知ったからには後戻りはできない」と今後、実践していく姿勢を示したが、これにはブリー・ラーソン、『ブラックパンサー』のマイケル・B・ジョーダンらが早速賛同を表明している。ハリウッドは少しずつ、だが確実に変化を遂げつつある。

【第90回アカデミー賞受賞作一覧】

●作品賞
『シェイプ・オブ・ウォーター』

●主演男優賞
ゲイリー・オールドマン(『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』)

●主演女優賞
フランシス・マクドーマンド(『スリー・ビルボード』)

●助演男優賞
サム・ロックウェル(『スリー・ビルボード』)

●助演女優賞
アリソン・ジャネイ(『アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダル』)

●監督賞
ギレルモ・デル・トロ(『シェイプ・オブ・ウォーター』)

●オリジナル脚本賞
ジョーダン・ピール(『ゲット・アウト』)

●脚色賞
ジェームズ・アイヴォリー(『君の名前で僕を呼んで』)

●撮影賞
ロジャー・ディーキンス(『ブレードランナー 2049』)

●美術賞
『シェイプ・オブ・ウォーター』

●音響編集賞
『ダンケルク』

●録音賞
『ダンケルク』

●編集賞
『ダンケルク』

●視覚効果賞
『ブレードランナー 2049』

●作曲賞
アレクサンドル・デスプラ(『シェイプ・オブ・ウォーター』)

●主題歌賞
「Remember Me」(『リメンバー・ミー』)

●衣装デザイン賞
マーク・ブリッジス(『ファントム・スレッド』)

●ヘア・メイク賞
辻一弘、デヴィッド・マリノフスキ、ルーシー・シビック(『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』)

●長編アニメーション映画賞
『リメンバー・ミー』

●短編アニメーション映画賞
『Dear Basketball』

●外国語映画賞
『ナチュラル・ウーマン』(チリ)

●短編実写映画
『The Silent Child』

●長編ドキュメンタリー映画
『イカロス』

●短編ドキュメンタリー賞
『Heaven Is a Traffic Jam on the 405』