【週末シネマ】『君の名前で僕を呼んで』
アカデミー賞脚本賞受賞の青春映画
第90回アカデミー賞でジェームズ・アイヴォリーが脚色賞を受賞した『君の名前で僕を呼んで』は、1983年夏の北イタリアが舞台の青春映画。17歳の少年と24歳の青年との出会いを描いている。
・ゆっくりと、だが着実に理想へと進んでいくハリウッド/アカデミー賞授賞式を振り返る
主人公・エリオの父・パールマン教授はアメリカ人でギリシャ・ローマが専門の考古学者。翻訳家の母・アネラが相続した北イタリアの別荘でパールマン家は毎夏を過ごしている。教授は毎年、博士課程の優秀な学生を1人、研究の助手として17世紀に建てられた別荘に招待していて、1983年、17歳のエリオの前に現れたのが、24歳の大学院生オリヴァーだった。
オリヴァーの到着を寝室の窓から見ているエリオは、ベッドの上のガールフレンドとフランス語を話し、階下に降りると母や家政婦とはイタリア語、父とオリヴァーとは英語で話す。フランス人の父を持つニューヨーク育ちのティモシー・シャラメは、少年らしい痩躯といい、まさに適役だ。一方、長身でギリシャ彫刻のような風貌のアーミー・ハマーが演じるオリヴァーは車を降りた瞬間から、まず外見の美しさと余裕ある物腰で皆を圧倒する。わずかな時間で登場人物たちの設定が簡潔に説明される優れた導入だ。パールマン教授を演じるのは『シェイプ・オブ・ウォーター』、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』のマイケル・スタールバーグ。母のアネラを演じるのは『僕とカミンスキーの旅』のアミラ・カサール。
パールマン家とオリヴァー以外、ユダヤ系はいないという風光明媚なイタリアの地で多言語を使い、研究と読書、音楽、水遊びに興じる夏休みが、まばゆい光と風、鳥のさえずりや虫の声、そしてピアノの音色で彩られる。そんな知性の桃源郷で、17歳の少年は初めての恋に目覚めていく。
パールマン教授は2人を連れて、古代のブロンズ像が発見された近郊の湖を訪れる。教授の専門分野である古代ギリシャにおいて、男性にとって同性愛は通過儀礼でもあり、教授はその精神を息子とオリヴァーにそれとなく指し示し、80年代ヨーロッパの夏に古代ギリシャの同性愛観を具現しようとしているかのようにも取れる。ある晩、母がドイツ語版を英語に翻訳しながら16世紀のフランス小説「エプタメロン」を読み聴かせる場面も印象的だ。若い美貌の騎士と姫の恋物語に触発され、エリオとオリヴァーの物語も進んでいく。
年上の同性に心惹かれることについて、エリオに戸惑いは微塵もない。それは両親の影響だろう。一方、「君の名前で僕を呼んでくれ」と愛するエリオに請いながらも、現実を知るオリヴァーには警戒心と微かな大人のずるさがある。それにしても、「君の名前で〜」とはなんと強烈な呪文だろう。自分の名前を口にする時、あるいは誰かが自分の名前を呼ぶ時にさえ、彼を思い出してしまいそうだ。
この物語は、周囲の愛情に包まれながら、ひとつの恋で経験する喜びと悲しみをそのまま受けとめるエリオが主人公だが、光り輝く夏の日が去った後の展開が素晴らしい。傷心の息子に語りかける父の言葉は、原作者アンドレ・アシマン(劇中にパールマン夫妻の友人であるゲイ・カップルの1人として出演もしている)の心からの言葉であり、脚色したアイヴォリーは一言一句ほぼ原作通りにしたと話している。その反面、エンディングを原作と同じにはしていない。
どのシーンを切り取っても目を奪われる美しさだが、とりわけラストシーンは心に強く残る。男の子でも女の子でも、かつて一度はこんな日、こんな時間があったことを思い出させてくれる。息をこらして見続けたい数分間の奇跡だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『君の名前で僕を呼んで』は2018年4月27日より全国公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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