今年はカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞
【この俳優に注目】本当に、あらゆるジャンルの作品であらゆるキャラクターを演じ続けてきた人だ。1970年代終盤から始まる役所広司の出演作品の一覧は、“役どころが広くなる”という願いも込めて師の仲代達矢のつけた芸名を具現化している。
・役所広司、カンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞で「この賞に恥じないように頑張らなきゃ」
今年5月開催の第76回カンヌ国際映画祭ではヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』(12月22日より公開中)で男優賞を受賞したが、直後にNetflixで主演を務めるシリーズ『THE DAYS』が配信され、7月からはTBS系の日曜劇場『VIVANT』に出演。この3本だけでも、東京の公共トイレの清掃員、実在の原子力発電所所長、そしてテロ組織を率いる謎多き男、と個性的なキャラクターだ。
80年代からドラマや映画に、『バベル』などの海外作品にも出演
NHKの大河ドラマ『徳川家康』(1983年)の織田信長役で注目された1980年代、1956年生まれで20代後半だった役所は映画『タンポポ』(1985年)で演じた白服の男の役など、今の若い世代にはないような強烈な色気を放ち、同時に時代劇の連続ドラマ『三匹が斬る!』シリーズ(1987~1995年)でお茶の間にも馴染む愛嬌を見せた。
そして、原田眞人監督の『KAMIKAZE TAXI』(1995年)でペルー移民のタクシー運転手を演じた1990年代半ばから、周防正行監督の『Shall we ダンス?』(1996年)、カンヌでパルムドールを受賞した『うなぎ』(1997年)、黒沢清監督の『CURE』(1997年)などに立て続けに主演し、映画に活動の軸足を置いた。1996年から7年連続で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞し、現在に至るまで数々の作品に出演。『バベル』(2007年)や『シルク』(2008年)、近年は『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』(2019年)など海外作品も含めて、狂気をはらむ人物から市井の人、歴史上の偉人、決して立派とはいえない小物まで幅広く、リアルな存在感を画面に残し続けている。
インタビューで感じた鋭い観察眼と優しさ
何度か取材した経験から、無難を嫌う人という印象がある。調子良くまとめようとすると、「でもね」と穏やかに微笑みながら付け加える視点は鋭い。緩みが見透かされている怖さ、それとなく気づかせる優しさをこちらは同時に受け取ることになる。
いい俳優は観察する、とよく言われるが、役所の観察力は演技に生かすのはもちろんのこと、一緒に仕事をする相手を見極める眼力となる。長編映画の監督を務めた『ガマの油』(2009年)で、当時15歳だった二階堂ふみの鮮烈な魅力をいち早く世に出した功績もある。
日々の生活を淡々と演じているのに退屈させない
『PERFECT DAYS』は、東京の下町に住む独身の平山の日常を描く。古いアパートに家具もほとんど置かず、早起きして身支度し、車を運転して好きな音楽を聴きながら、清掃の仕事場である渋谷区内の公共トイレを巡回する。帰りは銭湯に寄って、行きつけの店で晩酌と食事をして帰宅し、古書店で見つけた文庫本を読んでから就寝。映画は淡々とした平山の生活を追っていく。
一緒に働く青年やときおり目が合うホームレスの老人など一部を除くと、仕事中の平山は誰の目にも映らない透明人間のようだ。セリフもほとんどないが、清掃作業の手際の良さも、朝起きてから夜寝るまでが流れるように自然。何が起きるわけでもないのに、見入ってしまう。平山は一見すると、“反応が薄い”人だ。何か言われても、されてもされなくても、基本的にはノーリアクション。だが、役所は観客を退屈させない。何もしない(ように見える)という究極の表現力には感嘆を禁じ得ない。
「私の笠智衆」と評したヴェンダース監督
平山という名前は、ヴェンダースがこよなく愛する小津安二郎監督の作品に繰り返し使われ、『東京物語』『秋刀魚の味』で笠智衆が演じた人物が名乗っている。ヴェンダースは今作の役所について「私の笠智衆」と呼んだが、平山の佇まいは笠が多くの作品で見せたそれにうっすら重なる。
劇中には小津作品へのオマージュ的な描写がいくつかある。そしてこれはヴェンダースが意図したものか偶然なのかはわからないが、俳優・役所広司へのオマージュと勝手に感じ入ったのは平山が雨の日に着る丈の長いポンチョだ。先に挙げたいくつかの出演作や渡辺謙と共演した『絆-きずな-』(1998年)など多くの作品で、長いコートをまとって歩く姿が実に決まるのだ。ポンチョの裾が風になびく様子を見て、ふと思い出した。
万感の思いを伝えられる俳優
判で押したような毎日でも、その中で起こるちょっとした変化、その日だけの特別な出来事に平山は反射する。日常とはこういうものだ。同じことの繰り返しのようで微かな違いがある。無口だが、勤務中の顔、オフの時間に寛ぐ顔、事情を知る者に見せる顔は微妙に変わる。主人公なのに、目の前に自意識だらけの人物が現れると主役の座からサッと降りて脇に回る。これも人が生きていく日常そのものだと思う。
新しい日の始まりに、歌を聴きながら車のハンドルを握って平山は仕事に出かける。いつも通りのその様子だけで、こちらに万感の思いを伝える。それが役所広司だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『PERFECT DAYS』は、2023年12月22日より全国公開中。
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