富も名誉もない男同士の友情とアメリカン・ドリーム、ケリー・ライカート監督『ファースト・カウ』
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待望の日本公開、劇場鑑賞にふさわしい画面の引力
【週末シネマ】今か今かと待ち望んでいた作品が、ついに日本で劇場公開された。数年前から特集上映などで日本でもその才能が注目され始めたケリー・ライカート監督の『ファースト・カウ』(19年)だ。
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ミステリアスなオープニングに、一体これから何が起こるのかと引き込まれる。舞台は西部開拓時代の19世紀アメリカ。ゆったりと川が流れ、緑深い森が広がる太平洋岸北西部のオレゴンで料理人“クッキー”とお尋ね者の中国移民“キング・ルー”が出会うところから物語は始まる。2人はそれぞれ成功を夢見て、この地にやって来た。
『ファースト・カウ』というタイトルが指すのは同地に初めて連れて来られた乳牛のこと。町の有力者が紅茶に欠かせないミルクを調達するためだ。
物静かで慎重なクッキーと大胆な行動力を持つキング・ルーは何故か意気投合し、夢を語り合い、町で最初の乳牛のミルクを盗んで作ったケーキ(ドーナツ)の販売で一攫千金を目論む。行列のできるドーナツ屋となった2人はささやかなアメリカン・ドリームに近づいていくが……。
勇ましくもなく、富も名誉もない2人が主人公の“らしからぬ”西部劇は、画面の引力が凄まじい。スタンダードというサイズがいかに雄弁であるかを思い知らされる。最初から最後まで、大きなスクリーンに映してこそのショットの数々は是非劇場のスクリーンで鑑賞することを強く薦めたい。
ジョン・マガロとオリオン・リーが共演
クッキーを演じたジョン・マガロは『キャロル』(15年)や『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15年)などに出演、2023年度の映画賞レースを席巻している『Past Lives(原題)』でもヒロインの心優しき夫を演じている。キング・ルー役のオリオン・リーは香港出身で『007 スカイフォール』(12年)『ジャスティス・リーグ』(17年)などに出演し、イギリスでは舞台俳優としても活躍している。他にトビー・ジョーンズ、ユエン・ブレムナーといったイギリスの性格俳優、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(23年)で一躍脚光を浴びたリリー・グラッドストーンも出演。
観る者に察する歓びをもたらす至芸を堪能
映画の冒頭に引用されるウィリアム・ブレイクの「地獄の箴言」の一節も手伝って、クッキーとキング・ルーの冒険譚は、友というものについての考察を促す。彼らを見ながら、友情とはこうして生まれるということ、友というものの本来の意味を教わった気がする。
何とも言いようなく美しいラストに至るまで、語り過ぎず、観る者に察する歓びをもたらす至芸を堪能する。小説などの名文について「情景が目に浮かぶよう」というが、本作の場合は美しい文章が心に響いてくるようだ。物語を映すとはこういうことではないだろうか。長い間、待った甲斐があった。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ファースト・カウ』は、2023年12月22日より全国公開中。
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