【週末シネマ】『グリーンブック』
アカデミー賞作品賞受賞の感動コメディ
先日発表になった第91回アカデミー賞で作品賞、オリジナル脚本賞、助演男優賞を受賞した『グリーンブック』。アメリカで黒人差別が根強く残っていた時代、公共の場でさえ人種による差別が常識だった南部を旅する黒人にとって必携の書と言われた緑の小冊子(グリーンブック)を手に、ニューヨークから演奏旅行に出る黒人の人気ピアニストと用心棒を兼ねた白人のドライバーの実話をもとにしたロードムービーだ。
・オスカー受賞を見越して今週末公開に!『グリーンブック』の戦略とは?
1962年、NYの人気クラブの用心棒トニー・バレロンガは、店が改修工事で閉められる2ヵ月間をしのぐため、運転手の求人募集に応募する。雇い主はカーネギー・ホールの上の高級アパートに住むピアニスト、ドクター・ドナルド・シャーリーだ。彼はクリスマスまでの2ヵ月間、南部を回るコンサート・ツアーを計画していた。運転はもちろん、人種差別によるトラブル解決役も望んでいた彼にとって、海千山千のトニーはうってつけの人材。イタリア系の庶民で教養もなく、「黒人ならフライドチキンが好物だろ」と悪気もなくステレオタイプを押しつけてくるトニーに対し、幼い頃に才能を見出されて9歳でレニングラード音楽院に入学し、数ヵ国語を操り3つの博士号を持つ「ドクター」。繊細なドクターは、ガサツなトニーの振る舞いにショックを受けっぱなし。一方トニーは愛妻への手紙を書く際にドクターからロマンティックな言い回しを教わり、少なからず感銘を受ける。
水と油のような関係だが、南部でのトラブルを回避したいドクターと家族を養うために働きたいトニー、互いを必要としながら旅を続ける2人の珍道中がテンポよく描かれる。
監督のピーター・ファレリーは『メリーに首ったけ』などで知られるファレリー兄弟の兄。これまで手がけた作品でも、くだらないオフザケの連発という戦法で偏見や差別の醜さを突いてきた彼らしい手法で、たった50数年前にまかり通っていた無意味な差別をコメディというスタイルの中に浮上させていく。笑わせながら2人に感情移入させ、一緒に旅をしている気分にさせる。お互いを理解し尊重することの大切さを、こんなにも説教臭を取っ払って観客に伝えられる技はさすがだ。
ファレリー、ブライアン・カーリーと共同脚本を務めたニック・バレロンガは、名字が示す通り、主人公トニーの実の息子だ。父から聞いた話をもとにしたストーリーには、実はドクターの遺族側からの反発もあった。さらに、約30年前に公開され、アカデミー賞で作品賞や主演女優賞を受賞した『ドライビング Miss デイジー』(89)と比較して、「運転席に座る人種が入れ替わっただけで、何も変わっていない」と白人視点での描き方への批判もあった。
人種差別はもちろん中心に据えられた題材だが、その扱い方一点だけに拘泥するのは惜しい気がする。実話を元にしながら、現実よりも魅力的に描いていくのがフィクションだ。事実だけを忠実に積み重ねろというなら『ボヘミアン・ラプソディ』だって成立しなくなる。アメリカに暮らし、その現実を知っている人々と、部外者の観客では受け取り方は違うのかもしれない。だが、映画の中のトニーとドクターは人種という壁を取っ払った友情を育んでいく。その希望に賭ける思いは否定したくない。(文:冨永由紀/映画ライター)
『グリーンブック』は3月1日より全国公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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