生成りで素朴な心地よさ! 音楽ファンにとってかけがいのない作品

#映画#映画を聴く#ジョン・カーニー#ハーツ・ビート・ラウド

『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』
(C)2018 Hearts Beat Loud LLC
『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』
(C)2018 Hearts Beat Loud LLC

…前編「Spotifyにもアップ中! バンドじゃないバンドの優しい“旅立ち”」より続く

【映画を聴く】『ハーツ・ビート・ラウド』後編
良作家族映画としても注目!

すでに店を閉めることを決めたフランクは、数日前にSpotifyにアップした「Hearts Beat Loud」がとあるプレイリストの一曲として選ばれていることを知り、We’re Not a Bandの活動を本格化させようと機材を買い込む。長年の夢の実現に浮き足立つ父親と、恋や勉強に忙しい娘。しかしその熱量のコントラストを強くしすぎることなく、お互いを寛容に受け入れる点に、この作品の生成りで素朴な心地よさがある。

たとえば、本作が気になる人なら思い出すに違いないジョン・カーニー監督による3作『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』『シング・ストリート 未来へのうた』は、いずれも素晴らしいオリジナル曲を核に据えた、音楽ファンには忘れられない作品だが、そこには共通して「成功か停滞か」的な二者択一を迫る切実さが横たわっている。

しかし本作では、そこに白黒つけることよりも、二人の内面的な充足にスポットが当てられる。つまり、妻の死によってバンドマンとしての成功を諦めたフランクの長年の夢の実現と、医学の道を志しながらも自分自身が捨て切れないサムの歌手としての可能性への気づき。物語は、タイトル通り二人の「たびだち」が暗いものではないことを示しながら、静かに幕を閉じる。

フランクはテナントの大家に、早世のシンガー・ソングライター、ジェイソン・モリーナの歌声の素晴らしさを語り、地元で活躍するアニマル・コレクティヴのレコードを熱っぽく勧める。「店じまいセール」で叩き売られるトム・ウェイツの『Rain Dogs』を見て、サムは「3ドルじゃダメだよ」とフランクに言う。そんなやり取りをひとつひとつ挙げるまでもなく、本作は音楽ファンにとってかけがいのない作品になるだろう。加えて、親は子どもと話したくなるし、子どもは親のことが知りたくなる。そんな家族映画の良作として親しまれることにも期待したい。

『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』は6月7日より公開。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
出版社、広告制作会社を経て、2013年に独立。音楽、映画、オーディオ、デジタルガジェットの話題を中心に、専門誌やオンラインメディアに多数寄稿。取材と構成を担当した澤野由明『澤野工房物語〜下駄屋が始めたジャズ・レーベル、大阪・新世界から世界へ』(DU BOOKS刊)が刊行されたばかり。