山田太一の名作はアンドリュー・ヘイ監督の手でどう変わったか? 死んだ両親と再会するゲイの男性を通じて描く孤独と愛
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「異人たちとの夏」を監督の自伝的設定に脚色した『異人たち』
【週末シネマ】年若い頃に亡くした大切な誰かを思い出す時、現世で歳を重ねた自分があの世で再会するとしたら、その人は亡くなった時と変わらない年頃なのか、と思案したことはないだろうか? 『異人たち』では、40代半ばの主人公が12歳になる直前に死別した両親と不思議な再会を果たす。30年以上前の記憶そのままの姿の両親は、中年になった彼を一目でわが子と確信する。物語はこのように始まる。
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昨年11月に亡くなった脚本家の山田太一の小説「異人たちとの夏」を、『さざなみ』『荒野にて』などのアンドリュー・ヘイが脚色・監督し、現代のイギリスに舞台を置き換えている。原作が作者の自伝的小説だったように、『異人たち』はオリジナルのプロットを踏襲しつつ、監督の自伝的設定に脚色され、ゲイの男性を主人公に親子の愛情、恋愛、そして孤独という、この世界のあらゆる差を超える普遍的なテーマをエモーショナルに描いている。
孤独な主人公は自分を誘惑するかのような青年と出会う
主演はリミテッドシリーズ『リプリー』(Netflix)も配信中のアンドリュー・スコット。彼が演じるアダムは脚本家で、ロンドンのタワーマンションの27階に1人で暮らしている。仕事は不調で他者との交流もない。ある夜、それとなく存在を知っていた同じ建物の住人が彼の部屋を突然訪ねてくる。6階に住むハリーと名乗る青年を演じるのは『aftersun/アフターサン』でアカデミー主演男優賞候補になったポール・メスカル。ミステリアスで、同時に魂を曝け出すような危うさは何とも魅力的だ。だが、孤独に慣れ過ぎたアダムは誘惑するようなハリーの態度に戸惑い、ドアを閉ざしてしまう。
事故で亡くなったはずの両親と再会し…
両親の物語を書こうとしているアダムは、幼少期を過ごしたロンドン郊外を訪ねる。そこで彼はごく自然に、交通事故で亡くなったはずの両親と再会する。夢や幻というにはあまりにもリアルな両親を演じるのは『リトル・ダンサー』『ロケットマン』などのジェイミー・ベルとNetflixのドラマ『ザ・クラウン』のエリザベス女王役で知られるクレア・フォイだ。両親は30代後半で今のアダムより少し若いが、懐かしい家に息子を迎え入れ、立派に成長したことを喜ぶ。アダムも非現実的な再会をそのまま享受して実家に通い始め、ハリーとの関係も深めていく。
新しい出会いと再会という2つの交流はアダムを孤独から引き上げ、1つの関係がもう1つの関係に影響を及ぼしながら物語は進む。
見事な脚色と最高の演技で心の機微を繊細に描く
アダムのセクシュアリティはヘイ監督自身の投影であり、劇中のアダムが両親と暮らした家は実際に監督が少年時代を過ごした家屋で撮影された。原作を尊重しながら、極めて私的かつ21世紀の今の物語としての脚色が見事だ。
そして俳優は4人とも最高の演技を見せる。それぞれのキャラクターが完璧に機能し、この組み合わせでなければ得られない魔法が起きている。登場人物は誰もが瑕のある、完ぺきではない人たち。相手から拒絶される恐れ、自分が過ちを犯してしまう恐れを抱きながら、互いを思いやる。その心の機微が繊細に描かれている。
アダムはマンションの部屋では1人無表情だが、親の前では無防備に子ども返りする瞬間がある。年下の恋人にも徐々に身も心も委ねていく。スイッチを切り換えるというより、流れるように変化していくスコットが素晴らしい。実年齢で10歳近く下のベル、フォイと親子を演じても不思議なほど奇異に見えず、儚い幸せに縋る3人が愛おしい。
あるシーンで、アダムは悲しいことを言おうとする父を止めようとする。咄嗟の仕草は脚本にはない即興だったそうだ。実生活で幼い息子が同様の行動をすると思い起こしたベルも即興でそれに応え、両者の感情の昂まりがつぶさに伝わる名シーンだ。
死んだ両親にセクシュアリティを明かす葛藤
もう1つリアルに感じられたのは、アダムが自身のセクシュアリティについて親に明かすのを無意識に避けている点だ。彼にとって、両親に拒絶されることは最大の恐怖なのだ。彼は無邪気な子ども時代を反芻しているが、親は大人として目の前に現れた息子に家庭があるのか、恋人はいるのかを知りたがり、アダムはカムアウトせざるを得なくなる。
母親は1980年代半ばの常識として息子を傷つける価値観をぶつけ、それに対してアダムは「そんな時代じゃない」と答える。全くの偶然だが、先だって放送された宮藤官九郎脚本のドラマ『不適切にもほどがある』と同じ仕掛けだ。そしてアダムもまた、クィアという言葉をめぐってハリーとジェネレーションギャップを確認する場面もある。
両親は“年上の息子”と対話し、家族をやり直そうとする。たとえすべてを理解できなくても、理屈を超えて味方でいてくれる存在。怯えている時に一緒にいてくれること。これほど心強いものはない。もしも両親が事故に遭わず生きながらえていたら、同じ状況になり得ただろうか? すべてはアダムが思い描く願望だと解釈できるし、むしろその方が理に叶う。確かなのは、それを彼が心から必要としているということだ。
時代を映し出すUKポップスとともに
劇中に使用される1980?90年代UK ポップの選曲には監督の思いが込められている。不朽のヒットから久しぶりに聴く懐メロまで揃うが、予告編にも流れるペットショップボーイズの楽曲はエルヴィス・プレスリーも歌った1970年代の名曲で、歌詞とともに親子を繋ぐものとして説得力がある。そして監督がクィアを自覚していた少年時代から大好きだというフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「パワー・オブ・ラヴ(愛の救世主)」も印象深い。
人は過ちを犯すのを避けられないこと、過ちを償うこと、それを受け入れること、必要とされる時にそばにいてあげること。両親と過ごした時間で実感したものを胸に、アダムはハリーと向き合う。ここでは原作や1988年に映画化した大林宣彦監督作品のホラー的な要素を抑えて、深い孤独からの救済と愛にフォーカスする。
生死によって愛は変わらない。この世に一緒にいないことを悲しみこそすれ、それを理由に愛が変わってしまうことはない。私たちはみな異人たち(他人同士)、だからこそ愛は生まれるのだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『異人たち』は、2024年4月19日より公開中。
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